愛宕山散歩39~小説家「宮本百合子文学碑」~再び「禰宜様宮田」作品論へ③
2015年 02月 22日
それで、再び「禰宜様宮田」作品論への項を起こしたところもある。
氏が「春の鳥」の影を感じているのは、深い同情をこめて描かれている「六」少年の姿だ。ここに、国木田独歩の「春の鳥」でロマンティックに描く「六蔵」少年の姿が似ている事を指摘する。
まずは、名前だ。「春の鳥」の主人公は「六蔵」というが、通称は「六」だ。自分でも、母親も、彼のことを「六」と呼ぶ。語り手の教師である「私」も「六さん」と呼んでいる。
年頃と境遇も似ているとする。「六」が九歳で、「六蔵」は十一歳だ。ほぼ同年代といえるし、境遇も似ていると言えば似ているところがあるとも見える。
墜落死自体も似ているところがあると指摘する。「鳥のように飛んで行ける」という衝動につきうごかされて墜落して死ぬという死に方だ。その死のイメージが深い哀感をこめてきわめてロマンティックに描かれている点も共通しているという捉えだ。
そして、このことこそが日本近代文学史の流れに浮ぶ一つのロマンティシズムの系譜を認めることができるとする見え方に結び付けている。
その捉えを確認するのには、国木田独歩の「春の鳥」に目を通す必要がある。これが、青空文庫で読む事ができるのだが、27分の集中力で充分読み切れる長さだ。 http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/1057_15980.html
氏がふれている「六」と「六藏」の違いも確認できる。
その一つは、「六」が学校に行かないのは、もっぱら貧窮からであって、知能が遅れているからではないこと。むしろ善良で感受性ゆたかなナイーブな少年であるということだ。
もう一つは、「六蔵」は単なる「白痴」としてではなく、「天使」・「自然の児」として描かれる。それに比して、百合子の「六」の方は、「目然の児」の側面もあるにはあるのだが、より「社会の子」というリアリスティックな少年像となっていることだ。
これに現実の場の素材を提供しているのが飯坂であるという捉えだ。
これで、飯坂は「禰宜様宮田」という一篇のユニークな農民小説の誕生にあたって、その産婆役を果たしたという氏の見え方に少しは近づけたかなと勝手に思っている。
もう一度、「禰宜様宮田」の「六」の場面を読み返してみる。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2027_49536.html