地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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愛宕山散歩37~小説家「宮本百合子文学碑」~再び「禰宜様宮田」作品論へ

 秋山政一氏が書いた「百合子の道のこと」と、「百合子といいざか」の吉田千代子氏が斎藤信夫氏の案内で「滞在の足あとを追って」散策したことが繋がって、愛宕山に小説家「宮本百合子文学碑」が建立されたということだ。百合子氏は、この文学碑建立の地である愛宕山には、何度も足を運んだであろうと思われる。

 秋山氏の「百合子の道のこと」は、福島民報のサロンに書かれた記事のようだ。その主旨は、彼女の取材に歩いた道をたどれる「百合子の道」を開いたらどうかということのようだ。 
 百合子氏の日記には、大正時代の飯坂の自然と、当時の生活のよすがが、細かに記されている。しかも、彼女が取材のために歩いた道筋は今も明らかである事ということからの提案だったようだ。

 ただ、文学作品を散策と結びつけて読んでいくと、その読みに歪が生じる事がある。そのうちの地域を知り尽くしているが故に深読み過ぎてしまうことの弊害は、「愛宕山散歩29~小説家「宮本百合子文学碑」情報修正⑬」で整理した。どうしても、作品の全ての題材が飯坂で完結していると見たいと言う願望が起きてしまうという弊害だ。
 http://kazenoshin.exblog.jp/20864830/
 「愛宕山散歩30~小説家「宮本百合子文学碑」情報修正⑭」で確認したのは、この作品が注目される事になった「明治以来の日本文学の中で農村における封建制を、そのもっとも悪質なる典型の一つにおいて、これほどはっきりえぐり出した文学はほかにない。」という「リアリスティックな要素」への注目し過ぎによる見え方の偏りの弊害だ。
 散策で確かめようとすると、この事が飯坂での「詳細な観察」の賜物であるというとらえが強くなりすぎる。
 http://kazenoshin.exblog.jp/20869601/
 そろそろ木村氏の作品論としての考察の読み取りに戻りたい。
 木村氏はいろいろな「禰宜様宮田」評価の考察の上で自らの指摘をしているのだが、当方にはそれを確認するだけの素養がない。それで、木村氏の作品論の世界観を自分なりに読み取って、その概要をパターン化するという簡素化された捉えだが、「禰宜様宮田」の魅力は「リアリスティックな要素」と「ロマソディックな要素」とが複雑にからみ合って成立した一篇のユニークな農民小説」ということにする。
 その「リアリスティックな要素」に絡む「ロマソディックな要素」を確認すれば、主人公のどこか現実離れした善良純朴な人柄・息子の「六」少年の孤独で哀な姿、しばしば擬人化される抒情的な自然描写などにつきまとう「ロマンティックな情感」・「牧歌的な要素」ということだろう。
 作品を魅力的にしているのはこちらの要素が強いのだろうと思う。

 ならば、彼女の飯坂での散策から読み取るべきは、感性的なものなのだろうと思う。例えば、軽便鉄道を使わずに乗合自動車でやってくること。2度目の滞在の旅館に角屋を選ばずに丸正旅館を選んだ事、旅館の変遷の捉え、牛乳屋殺人事件、岩倉公の別邸の興味等々。これらは、余談として整理しているが、「ロマンティックな情感」・「牧歌的な要素」が作品の魅力との視点に立てば、むしろこちらの捉えが本筋だったのかもしれないとも思う。
 そういう視点でみれば、気になるのは3月29日(木曜)の日記の見え方。
 「禰宜様宮田」の作品と直接的に結びつくような白土や、天王寺沼や愛宕山策動の観察に目がいって、省略していた日記の最後の文章。
 少しばかり曲がりくねった細道を歩くとき、Iがこわがって座ってしまったときには、可笑しい裏に非常にいやな心持が湧き出した。女性は弱いのが美しい原因ではない。
 この感覚、押さえておきたい。
by shingen1948 | 2015-02-20 07:18 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)