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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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愛宕山散歩21~小説家「宮本百合子文学碑」情報修正⑤

 木村氏は、「日記」―「創作メモ」ー「作品」の関連性の中で、「禰宜様宮田」に飯坂がどう反映されるかを考察する。それに比べ、「百合子といいざか」の吉田氏は「日記」―「作品」のかかわりの中で飯坂の反映を考察する。従って、作品にかかわる日記紹介は、「百合子といいざか」の方が詳しい。
 それで、「愛宕山散歩⑰~小説家『宮本百合子文学碑』情報修正」以降の百合子氏の日記については「百合子といいざか」から孫引きしている。

 「禰宜様宮田」の不幸のきっかけは、溺れかけた人を助けたことだが、吉田氏は、その沼のモデルが天王寺沼ではないかと想像を広げている。
 天王寺沼に向かっている事が分かるのは3月29日(木曜)の日記だ。
a0087378_1327733.jpg これは、先に「飯坂散歩⑭:公園計画と天王寺②~経塚」として整理した時に撮った「じゅんさい沼(別名女沼)」だが、これがその天王寺沼だと思う。現在は公園化していて、日記に出てくる不気味な雰囲気は弱まっている。
 http://kazenoshin.exblog.jp/11941951/
 なお、百合子氏はその前日の3月28日(水曜)には赤湯方面を散策し、翌30日(金曜)には、先に整理した舘山を散策している事が記録される。
 朝少し早く目をさました。11時一寸すぎに善義がきてくれる。ズーと白い泥を掘り出すところへ行ってみる。あんまりすべてが粗野なので大変気味が悪いような心持がした。掘り出した泥を天日で乾かすために、笹の葉で屋根をかけた棚に蚕を置くまぶしのようなものに泥をならべて、幾段も幾段もおいてある。
 何だか生蕃(?)の首棚のようで、非常に気味が悪かった。それから、天王寺の沼を廻って一度宿へかえってお茶をのんでから、また愛宕山にいって策動を見てくる。なかなか眺望がいい。
 「禰宜様宮田(宮本百合子)」の作品では、その第一章。青空文庫につなぐ。
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2027_49536.html
 その概要は次のようだ。

 まずは、「春になってから沼の水はグッとふえた」と書き出し、その風景が描写される。
 ここで事件が起きる。
 釣りをしていた禰宜様宮田が、葦叢(あしむら)をのぞき込むようにしていざり出たときに「フト遠い、ズーッと遙かな水の上に、何だか奇妙なものがあがいているのが写った」のが事の始まりでもある。
 それが人だと分かった時、真裸体(まっぱだか)になって、やっとのことで傍の乾いた草の上まで引きずり上げるのだ。
 彼は、「水を吐かせ、暖め摩擦し、そのときそこで出来るだけの手当」を施す。
 その結果、その若い男が、命をとりとめた時、「禰宜様宮田は、自分の体の中で何かしら大した幅のあるものが、足の方から頭の方へと一目散に馳け上ったような心持が」するほど純粋に喜ぶのだ。
 ところが、救われた若者は、町で有名な海老屋という呉服屋の息子であることが分かると、周りの者達は、御機嫌をとっておべんちゃらの行動に出る。

 これが重要な物語展開のきっかけになるのだが、吉田氏はこの沼のモデルも、天王寺沼という飯坂の風景ではないかと推定しているようなのだ。
by shingen1948 | 2015-01-29 13:36 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)