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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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愛宕山散歩⑬~小説家「宮本百合子文学碑」④

 「愛宕山散歩③~『与謝野昌子』歌碑①」では、「東公園」は西根堰を中心とした対岸の風景だろうと推測した。この時点で確認ができなかったのだ。
 「架空索道」確認で、先に「飯坂東線~茂庭策動軌跡」で整理した「茂庭策動」を確認したところだったが、ここに掲げた地図にこの公園がプロットされているのに気がついた。今回愛宕山へ登るときの行程にした緩やかな方の道筋の入り口付近だ。
 a0087378_7421966.jpg  「茂庭策動」・「滝の湯温泉」の「飯坂三大旅館」、そして「東公園」・「愛宕公園」との位置関係を確認すれば、こんな感じ。
 「東公園」は、飯坂三大旅館が集中する「滝の湯」の摺上川を挟んだ東側に位置する。それを頭に於いて、「角屋温泉(枕水楼)紹介」を再掲する。

 飯坂三大旅館の一にして、摺上川の西岸にあり、客室は高尚なる意匠を凝らし皆岩壁に倚り、川を隔てて愛宕東のニ公園に対す。眺望絶佳、都人士の嗜好に適し浴客の待遇遺憾なきを期せり。

 川を隔てた対岸は、当時民家等の建物は無く「皆岩壁に倚り」で、「眺望絶佳、都人士の嗜好に適し浴客の待遇遺憾なきを期せり」という風景だったのだろうと想像する。
 飯坂三大旅館の絵葉書を確かめていると、客室からその愛宕山方向が眺望できる事を強調していることに気づく。a0087378_7463175.jpg これは、2009年に撮ったものだが、「滝の湯」から摺上川対岸は、こんな感じだ。この遠景として「東公園」・「愛宕公園」が配置されるというイメージ。

 さて、百合子氏だが、構想ができて執筆するまでに、もう一度飯坂を訪れる。
 日記には、大正6年3月3日の百合子の日記に「飯坂の架空索道のことがすっかり構想が出来た。うれしい。」とあるらしい。そして、大正6年3月27日から4月7日にかけては、飯坂温泉の丸正旅館に滞在していたことが記されているという。
 木村氏によれば、「禰宜様宮田」は、4月21日から書き始められ、5月30日に題名も決まり、6月14日の日記には「今日いよいよすっかり出来上る」とあるとのことだ。
 「丸正旅館」は、今のところ確認できていない。

 大正6年3月3日に「禰宜様宮田」の構想ができたようだが、その構想メモとかかわる「『禰宜様宮田』創作メモ」が青空文庫で確認できる。
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/4157_14752.html
Commented by てんこ at 2015-01-21 11:59 x
昔花水館に泊ったとき向かいの愛宕山はいい眺めでした。
Commented by shingen1948 at 2015-01-23 13:53
今思い出すと確かにそうでしたよね。
ただ、恥ずかしながら、当時の自分の意識は料理だとか設備だとかという華やかさとかかわる見え方でしかなかったようにも思えて、自分の感性に腹が立っています。
by shingen1948 | 2015-01-21 07:47 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(2)