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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫の里から東屋沼を意識する③

 浄土平ビジターセンターのページを確認していると、吾妻小富士の「種まき兎」にかかわる一つの資料として「種まき兎伝説」が紹介される。
 今まで「種まき兎伝説」そのものに興味はないので詳しく確かめていなかった。
 しかし、今回確認していくと「貝沼の伝説地には必ず吾妻信仰がある」ということとかかわる伝説なのだということが分かった。最終的には「雪兎に雨乞い祈願すると水が湧き出て豊作となった」ということだが、興味深いのは「東屋沼にかかわる吾妻信仰」で、伝承の中の以下の部分だ。
 村人は田沢の貝沼(皆沼)は、西山の雷沼(東屋沼)の底とつながっていて、吾妻権現がまつられていたので、ここで雨乞いしたが、さっぱりききめがなかった。そこで村人は山伏の先達(あんない)で大勢雨笠、蓑着て吾妻山さ登って雷沼に「雨たもんたれ龍王やーい」といったが、一粒の雨も降らなかった。
 ここの「村人は山伏の先達(あんない)で大勢雨笠、蓑着て吾妻山さ登って、『雨たもんたれ龍王やーい』と雨乞いした雷沼」が「五色沼」だ。そして、吾妻権現がまつられていて西山の雷沼(東屋沼)の底とつながっている田沢の貝沼(皆沼)だが、この位置だろうと想像される。
a0087378_1214106.jpg 現況では、ここが貝沼である表示は無いが、古くは田沢村の小字に貝沼があり、「福島の小字」で確認するとおおよそこの位置である事が分かる。
 また、マホロンの遺跡検索で「貝沼遺跡」を確認するとこの位置が示される。
 更には、「信達一統誌」の「田沢邨」の項「貝沼」を確認すると、「大隈川の上西の傍にあり 所謂東屋沼の移し也と云」と表現されていて、これとも矛盾しない。
 なお、東屋について「西山の南北家形の沢にある雷沼なり」とあり、雷沼=現五色沼であるというイメージが確認できる。
by shingen1948 | 2014-12-25 12:14 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)