地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台山山麓散歩⑩―紫神社の旧地を訪ねる②

 見送る者の喪失感の対象となる方の生きていた証のようなものを共有したいと思うその生きていた証が何かという問いは、自分にもはねかえってくる。
 まず思いつくのは職歴だろうか。
 これを確認して行くと、確かに証の一つではあるようには思える。しかし、どこかが違うなと感じ出す。
 それよりは、見送る者やかかわり深い者との関係性の方がもっと大切なものなのではないのかなと気付かされた。しかも、生きていた証とかかわるのは、弱みを包み隠さず見せられて、目をそらさず真剣に向き合って流れた共有時間のようなもののような気がしてきている。

 さて、紫神社の旧地を訪ねて来たところだが、もう少し範囲が絞れそうなのだ。
 というのは、「福島の歴史あっちこっち」の「星宮神社と紫神社」というページに、高速道路の工事によって御神木が伐採されたばかりの時期の紫神社跡の写真をみつけた。
http://www7.plala.or.jp/oygd/hosimiya/hosimiya.html
 その紫神社の紹介の真ん中の写真だが、手前の足元に写る道路が、今回案内された道筋のようだ。そして、この写真のバックには高速道路のトンネルとフルーツラインを跨ぐ陸橋部分が写っている。更に、その左手に目を移せば、民家が写っている。この関係を考慮して見える風景に散歩情報とを重ね合わせれば、おおよそこんな感じになるのだろうと思う。
a0087378_1642278.jpg 手前に写るコンクリート塊は、今回案内された農道を高速道路が跨ぐ陸橋だ。
 「福島の歴史あっちこっち」の撮影位置は、もう少し右手からになるのだろうか。その位置に合わせるとこの陸橋の影に紫神社跡地が入ってしまうので、それよりやや右手からの見え方にしている。
 この写真の側道付近との情報と重ねれば、紫神社の旧地の位置は、かなり絞り込まれる。
by shingen1948 | 2014-12-15 16:48 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)