地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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阿保原地蔵尊⑧―明神神社の阿保原地蔵尊

a0087378_152753100.jpg 今回、台山をバックに背負う明神神社を確認していたのだが、この神社前の石塔群の中に線刻の地蔵尊を見つけてしまった。忘れてしまいそうなので、こちらの阿保原地蔵尊を整理しておく。
 先に線刻の阿保原地蔵尊について整理したのは、松川沿いの北沢又の阿保原地蔵尊だ。以下の5回に分けて整理した。こちらは、明治4年(1871)の話。
 明神神社の阿保原地蔵尊建立は安政7年(1860)2月24日とのことなので、北沢又の阿保原地蔵尊より11年早い時期の建立だ。

 阿保原地蔵尊
 http://kazenoshin.exblog.jp/20207671/
 阿保原地蔵尊②
 http://kazenoshin.exblog.jp/20209649/
 阿保原地蔵尊③
 http://kazenoshin.exblog.jp/20213419/
 阿保原地蔵尊④
 http://kazenoshin.exblog.jp/20215272/
 阿保原地蔵尊⑤
 http://kazenoshin.exblog.jp/20218688/
 明神神社の阿保原地蔵尊は「仙台阿保原地蔵尊」とあるが、多分、こちらも同じ大鷹沢三沢の「阿保原地蔵」の系列なのではないかなと想像する。
 先に整理したその伝承を再掲しておく。
 「阿保原地蔵生成の基となった熊野山圓福寺開基海運法印が生まれたのは、慶長元年(1596年)4月8日とされている。その18年後に、圓福寺は海運法印を開基とした刈田郡三沢村陽善寺廃寺跡に真言宗熊野山圓福寺開山となる。
 その海運法人が、寛文7年(1667年)8月24日に72歳で遷化し、同年に和尚堂に「阿保原地蔵菩薩像」が建立されたとされる。」

 「仙台阿保原地蔵尊」を素直に解釈すれば、近代の阿保原地蔵が現存する仙台の松音寺の可能性になる。ただ、そちら系列なら、以下の2回に分けて整理したように長楽寺の「半底勺阿保原地蔵尊」と同じ大きな鋳造の阿保原地蔵尊になってしまうと思うのだ。ここは、線刻の阿保原地蔵尊にこだわりたい。
 阿保原地蔵尊 ⑥
 http://kazenoshin.exblog.jp/20224695/
 阿保原地蔵尊 ⑦
 http://kazenoshin.exblog.jp/20229362/
Commented by てんこ at 2014-12-04 12:54 x
このへんをにじを見ながら散歩してます。
Commented by shingen1948 at 2014-12-11 13:33
今まで古道筋に沿って台山を回り込むように歩いていたのですが、台山を意識すると台山を放射線の焦点になるような歩き方になって、同じ場所でも別の見え方になっているように感じています。
by shingen1948 | 2014-11-11 15:33 | ◎ 信仰と文化 | Comments(2)