地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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台山山麓散歩③―「東屋沼神社」旧地の話③

 「東屋沼神社」旧地が「東屋治神社」の台山ではないかと言われてみれば合点がいくことが幾つかある。
a0087378_555225.jpg これは南側から見える台山だが、その台山の名にふさわしい形状だ。
 古来、切妻造を真屋、寄棟造を東屋と呼んだとの事。信夫の里から見える台山の形状は、その東屋の形状にも見えると思うのだ。だから、その嶽に建つ神社の名称が「東屋」であることに納得がいく。

 お話を伺った位置だが、この写真の奥に見える俎板山とも呼称されるのピークと台山の右手のピーク状に見える地点との間の谷地の山裾だ。

 勝手な想像がもう一つある。
 それは、本田氏を案内されたお話の中に登場する「オンツァ小屋」と「東屋沼神社」の案内板にあった旧地「木落山」の俗称が結びつくのではないかなという勝手な思いだ。
 その小屋の位置は、三角点の北側の硅石を採石した縦坑跡辺りにあるという。この写真の台山と俎板山の間で、説明を受けた位置からはその真上の位置ということになる。
 ここは、山頂から落とした材木を集積する小屋だったらしいとのことだった。その小屋が本田氏を案内された時にも残っていたという。
 今は営林署で修復してあるが、昔はそこに材木を落とした二本の筋の跡があったのだとか。

 この話の「材木を落とした二本の筋の跡」の話と「オンツァ小屋」の「オンツァ」の俗称がかかわるのだろう。
 「オンツァ」は、馬鹿とか阿保とかという意味に近く、それよりはやや軽い蔑称の方言ではないかなと思うのだ。
 材木を落とした二本の筋の跡の話で「ハナンボ」を垂らした子をイメージすれば、その下に建つ小屋は「オンツァ」なのではないのかなという勝手な思い。

 この風景と「東屋沼神社」の案内板にあった旧地「木落山」の俗称が結びつくのではないかと勝手に思いついたのだ。
 「材木を落とした二本の筋の跡」の上には、当然、材木になる立派な林があったはず。これが、案内板にあった「一名『御林山』」ではなかろうか。そして、小屋が建つ辺りが、木が落とされる山「木落山」だったというのはどうかなということだが、飛躍しすぎかな。
by shingen1948 | 2014-11-08 05:58 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)