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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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二本松街道沿いの道標を確かめる

a0087378_6233993.jpg 会津に来る時には殆どいつも立ち寄るヨークベニマルの近くに、この道標が建っている。
 西面に、「向 右 若松市ニ至ル約十二町」 「左 大寺及猪苗代方面ニ至ル」が紹介される。これが二本松街道の紹介のようだ。

a0087378_6255395.jpg 南面には「向 右 長原村ヲ経テ戸ノ口方面ニ至ル」、東面には「大正9年2月1日建立」、北面に「郷之原青年会」が刻まれる。
 写り込んでいるのは 「左 大寺及猪苗代方面ニ至ル」方面の風景だ。

 実は、この道筋自体も、結構馴染みのある道筋ではあったのだが、これが「二本松街道」の道筋ということを意識してはいなかったし、この道標にも気づいてはいなかった。

 特異点付近では街道筋を意識するのだが、それを連続的に意識しているわけではない。
 旧市内では、「白河街道」が「札の辻」から東に六日町を目ざし、そこから北に博労町(相生町街)→養蚕国神社と進むその手前で「二本松街道」が分かれるあたりは特異点付近として意識している。
 しかし、この辺りまでくると、二本松街道を意識してはいなかったのだ。

 意識させられたのが「街道web」の「二本松街道・郷之原」のページだ。
 この道標が紹介されているのを見た時に、ここは見慣れた風景なのに、そこにこの道標を見ていなかったという据わりの悪さだ。
 http://www42.tok2.com/home/kaidoweb/nhm/24.htm
 今回はその据わりの悪さ解消のための確認だ。

 今までなら、今回のようなスポット的な確認をしても、線としてもある程度見えてくるまで整理するのは待った。それを、今回はとりあえず整理しておこうと思ったのは、そのままになってしまっている事が多いなと感じているからだ。
a0087378_634023.jpg 赤い線が、道標西面に紹介される「向 右 若松市ニ至ル約十二町」 「左 大寺及猪苗代方面ニ至ル」と紹介される二本松街道の道筋。緑の線は、南面に紹介される「長原村ヲ経テ戸ノ口方面ニ至ル」と紹介される道筋のつもり。

 二本松街道は、会津街道とも呼ばれる会津若松と二本松を結ぶ街道だが、これから先の大雑把な見方を確認しておく。
 その経路の概略は、磐越西線の経路に近いという。現在の交通路の道筋としては、磐梯町付近までは県道64号線「会津若松裏磐梯線」が近く、そこから猪苗代町付近までは県道7号線「猪苗代塩川線」が近いとされる。

 この道筋の二本松街道にかかわる地点のあちこちに立ち寄ってはいる。
by shingen1948 | 2014-09-16 06:35 | ◎ 会津への路(戊辰戦争) | Comments(0)