地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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二本松裏街道⑬―戸ノ口原古戦場から

 散歩で心がけているのは、感性を磨けば宝が見えてくるはずという思い。
 しかし、それは徒歩で何度も繰り返して歩ける場所の話で、ここでは通用しない。見たことと得た情報とを照らし合わせて補強しておいて、次の機会を待つということになる。

a0087378_6114387.jpg 戸ノ口原の戦いの視点での戸ノ口原古戦場から先の興味は、西軍の陣になる。
 情報では、その西軍が会津軍と対峙して陣を敷いたのが現会津レクリェーション公園内の小高い丘とのこと。白虎士中二番隊が、船石茶屋あたりで聞いたという砲撃の音は、ここからのものと想像しているところだ。
 しかし、今回もここは通過するだけで、その確認は次の機会にゆずる。ただ、通過するときに右手のレクリェーション公園の二か所でシャッターを切った。その位置と西軍陣地位置情報を関連付けて、次の機会につなげたい。
 これが、その中の一枚で、公園の北西隅の部分と思われる。

a0087378_6124625.jpg これが、それから少し進んで、公園内の道筋と二本松裏街道とが接した付近の風景。
 この2枚の写真と、西軍が会津軍と対峙して陣を敷いた位置の情報との関係を照らし合わせておく。
a0087378_6144146.jpg 公園の北西隅と思われる風景の方をAとし、公園内の道筋と二本松裏街道とが接した付近の風景をBとして表記し、会津軍と対峙して西軍が陣を敷いた位置をプロットした。ここに、レクリェーション公園の駐車場とバス停をプロットして次回立ち寄りのための資料になるようにしておく。
 なお、「赤井谷地湿原」の視点から眺めると、このレクリェーション公園内の池で新たにマダラナニワトンボが発見されたとの情報も見る。
 このトンボは、本州のみに分布し、水中から根を張るような植物が茂る浅い沼地に生息するという。湿地が減少してそのすみかを失って、環境省、県の「絶滅危惧(きぐ)Ⅰ種」に指定されているとのことだ。
 専門家ではないので、難しいことはさておいて、赤くならない黒のままの赤とんぼのイメージらしいとの情報だけ頭にいれておく。
Commented by TUKA at 2014-09-15 22:32 x
旧街道のルートは、八田と赤井の境界を示す点線とほぼ一致していたようです。
戸ノ口付近では藪の中で溝状に残ってますが、辿るのは困難な状況でした。
赤井付近では全く判別不能です。
Commented by shingen1948 at 2014-12-11 13:42
この辺り、戊辰戦争の戦闘についても見え方が変わったいるようで、いろいろな方の意見を確認すると、微妙に違っているようですね。
by shingen1948 | 2014-09-15 06:19 | ◎ 会津への路(戊辰戦争) | Comments(2)