地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

川桁駅に立ち寄る~沼尻鉄道廃線跡③

a0087378_10271475.jpg 沼尻鉄道の川桁駅舎は、この写真のポストが写る付近だったらしい。この写真は、現JRの川桁駅前の風景から沼尻鉄道の川桁駅舎の地点が「沼尻軽便鉄道記念碑」との関係で分かるように切り取ったものだ。
 現JRの川桁駅舎とは向かい合わせの位置になる。


a0087378_10275738.jpg そこに、「懐かしの沼尻軽便鉄道を訪ねて」との案内板が建つが、ここを訪ねるのは初めてであり、懐かしさが動機ではない。
 「高原列車は行く」の具体的な風景を求めているということだ。
 案内板と写真に写る風景が頼りだ。

a0087378_10285675.jpg 川桁は、沼尻軽便鉄道の始発駅として、商店が軒を並べるなどたいへんな賑わいを見せていました。
近くを流れる観音寺川は、今では桜の名所として知られており、満開時には、大勢の花見客が訪れます。
ここから川桁耶麻の山頂までは、観音寺川の奥の林道を通り3時間半程です。
 家に戻って確かめると、沼尻鉄道の川桁駅舎の位置情報に、その前の車庫付近とするのがあるらしい。そのズレとかかわるのではないかなと思われる情報も見つけた。
 昭和54年(1979)頃、不要になった沼尻鉄道川桁駅駅舎が、車庫付近に移動され、多少手が加えられて倉庫として使用されていたらしいということだ。
 その2年後に再訪した時には、この車庫に代わっていたという情報だ。

 多分、川桁駅駅舎はこの案内板が建つ位置に建っていたということでよいのだろう。沼尻鉄道が廃線になった後、この川桁駅駅舎の建物が、現農協の倉庫位置に移動して倉庫として活用されていた時期があったのだろう。それが、現在の倉庫位置で、その川桁駅駅舎の建物を撤去して建て替えられたということなのだろう。
 現在の倉庫付近に、沼尻鉄道川桁駅駅舎があったという情報は、その駅舎を倉庫として活用した時代の駅舎位置ということらしいと推測するが、どうだろうか。

 今回は、思いつきで来ているので下調べはしていない。
 それでも、沼尻方面から川桁駅に向かった道筋は、沼尻鉄道軌道跡をたどったらしい。ところが、二つの通りを横切った時点で不安になって、少し引き返して県道323号線野老沢川桁停車場線に出て、その道筋を川桁駅にたどり着いている。
a0087378_1033126.jpg
 この写真の左手の食堂とその向かいの小屋の間の道筋が「沼尻鉄道軌道跡」らしいとは思ったが、確認できたのは家に戻ってからだった。
 沼尻軽便鉄道を鉱山鉄道とみれば、当然貨物の積み下ろしがあるだろうが、その事を意識していない。沼尻軽便鉄道の貨物が積替えが行われるのは、位置的にその右手であるのは当然だが、その感覚は持ち合わせていなかった。
 案内板に、「近くを流れる観音寺川は、今では桜の名所」との情報を得ていたし、意識もしていたのだから、県道323号線を進んだにしても川越しに鉄橋を捉えた写真があってもよさそうだが、それもない。
 今回、散歩の勘に冴えはなかった。
by shingen1948 | 2014-08-22 10:35 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)