地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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会津若松転車台 ③

 先の写真は、転車台がよく見えるような角度から撮ったものだが、扇型機関庫が、列車の陰に隠れて全体がとらえられなかった。
a0087378_15191959.jpg
 この写真は、その扇型機関庫の全体が見えるような角度から撮ってみた。今度は、転車台が手前の生い茂った草の陰になってよく見えていない。
 両方眺めれば、全体像がつかめるということで、こちらの写真も張り付けた。
 なお、この施設も「全国に遍く人と物を運び産業近代化に貢献した鉄道施設の歩みを物語る近代化産業遺産群」の一つとして、経済産業省認定になっているようだ。申し込めば見学もさせてくれるらしい。
 いいなと思うのは、遺産でありながら現役で日常的に活用されているということでもあり、今回はここまでにする。

 「のりしろ散歩の『奥羽本線(山形線)』」とのかかわりを整理する。
 先に記したように庭坂駅も福島駅も転車台及び扇型機関庫は撤去されていて、福島市近郊でそれらの鉄道施設を見ることはできない。近くでは、最近まで山形県の米沢駅に残っていたようだが、これも消滅したようだ。
 それで、福島市在住者が県内で手軽に確認できる転車台が、この会津若松転車台と扇型機関庫ということだ。

 福島の鉄道施設が消滅する経緯の記録は見つけられないが、山形県側の施設については情報が得やすい。「奥羽本線(山形線)」の施設保存運動が盛んなようで、記録がしっかりとした情報がある。
 その情報によって、米沢駅の鉄道施設が消滅した経緯を確認しておく。
 旧米沢機関区転車台の製造年は昭和3年(1928)で、その仕様は下路型20 mとのことなので、会津若松転車台と同型だったらしいことが分かる。
 機関庫の方は、製造年が明治39年(1906)で、その仕様は煉瓦造(一部鉄筋コンクリート造)1452 ㎡とのことだ。ほかに、給水塔(コンクリート造)や洗車台が残っていたという。
 その転車台が消滅するのは、平成12年(2000)年1月13日で、米沢市の駅東駅前広場整備事業にともない解体撤去されたのだとのこと。現在は、広場の一角には「転車台跡」のプレートが立っているだけという。給水塔や洗車台もこの整備計画に伴い撤去されたという。
 機関車庫が消滅するのは、平成13年(2001)2月12日未明、豪雪のために倒壊したという。これで、旧米沢機関区の関連遺物はすべて消失したとのことだ。

 情報を確認して行く中で、「山寺駅の転車台」等を土木遺産として残そうと活躍される方を紹介している「ローカル線が行く【朝日新聞地域版(2014/8/14)】」という記事をみつけた。
 http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20130814071000001.html
 転車台がかかわる部分を確認する。
 「土木遺産を狙う 鉄橋や転車台」と題したことの記事では、JR仙山線の「熊ケ根鉄橋」や「山寺駅の転車台」等を土木遺産として残そうと活躍される方が紹介される。
 この方は、鉄道マニアではなく、優れた土木施設を遺産を遺産に選ぶ土木学会の選奨土木遺産選考委員なのだとか。
 転車台だが、仙山線には、作並駅と山寺駅の構内に残るそうだ。いずれも土に覆われてはっきりしなかったが、山寺駅では数年前、地元有志が手入れを始めたということだった。
a0087378_15222540.jpg そこで思い出したのが、先ののりしろ散歩の「奥羽本線(山形線)」の中で、「さよならスイッチバックyou.誘.遊」イベントに子供の付き添いで参加したことにふれたこと。実はこのイベントの最終地点は「山寺」だったのだ。先の整理でふれなかったのは、ここは奥羽本線ではなくて仙山線だったからだ。
 この時も、山寺観光協会という地元組織がこのイベント主催者としてJR東日本と共に山寺駅と名をつらねていたものだった。

 その仙山線の奥羽本線とのかかわりについて少しだけ整理しておく。余り深入りすると複雑なようなので、ちょっとだけふれる。
 仙山線は、仙台駅と山形駅を結ぶ快速と普通が走っている路線だ。奥羽本線とは、羽前千歳駅でつながるのだが、実際には仙山線を走る列車は山形駅まで乗り入れるようだ。 
 ここで複雑な事があるのは、羽前千歳駅と山形駅の間の奥羽本線は山形新幹線も走っているということ。それで、その線路とは別に普通列車用の線路が引かれているようだ。 
 その奥羽本線の普通列車用の線路は西側を走っているようだが、仙山線は、東側に進むことになるので、仙山線用の普通列車用の線路は、羽前千歳駅の南側で、新幹線の線路とクロスするらしい。

 先のイベント「さよならスイッチバックyou.誘.遊」の趣旨だが、仙山線を視点にすれば、庭坂駅-山形駅間のスイッチバックの線路が山形駅で消滅してつながらなくなるという意味あいでもあるということかな。
 今見つけたのが、「JR仙山線作並駅 転車台威容現す 市民グループが発掘【河北新報(2014/5/4)】という記事。
 http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201405/20140504_15015.html
by shingen1948 | 2014-08-15 15:24 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)