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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「寺西大明神」~「のりしろ散歩~庭塚(在庭坂)探索の中心話題から外れて」

 「のりしろ散歩」なのに、またまた「吾妻連峰へのアプローチ口としての庭坂駅」が17回続いて、中心話題になってしまった。
 その庭塚(在庭坂)散歩のよそ見の一つが、寺西顕彰碑。その「寺西大明神」の石塔は「皇大神神社」境内に建つ。
 支配関係の変遷が複雑だというのは分かっていたが、ここが、桑折陣屋とかかわるということは知らなかった。
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 ここが、「寺西大明神」が建つ「皇大神神社」だが、その由緒にかかわる案内板が建つ。

 皇大神神社由緒
 御祭神:大日霊尊(おおひるめのみこと)<天照皇大神の別の名>
 天にまします太陽のように、広大で尊い御神徳をお持ちになられる神を称え奉る神様で「日の神」と仰がれています。
 「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国(日本)は、わが子孫の王(きみ)たるべき国である。そなた皇孫(瓊瓊杵尊)<ににぎぬみこと>よ 行って治めなさい。いってらしゃい。お元気で。皇位の隆盛は…地とともに無窮でありましょう」と八坂瓊ノ曲玉 八咫(やた)の鏡 草薙(くさなぎ)の剣の三種の宝物をお与えになられ この国にお下しになられました。
 わが国の天皇は 代々この神器を皇位のみしるしとして受け継がれ 万世一系の天皇を国の象徴と仰ぐ日本の基をきずかれた「天照皇大神」であります。
 天照皇大神は この尊い神の御分霊を捧持し直接お伊勢まいりをしなくとも 御神徳をいただくことのできる神社で、明治4年8月「指定村格社に列せられています
 奉納 : 氏子総代
 祭礼実行委員会
 平成14年9月吉日
 「寺西大明神」の石塔は、この拝殿の右手に建つ。

 「桑折陣屋」については、先に整理しているが、その中で、「代官の中には、竹内代官や寺西重次郎代官等のように、桑折で死去し、町内に墓所があるものもあります」として、寺西氏にもふれている。
 http://kazenoshin.exblog.jp/7750549/ 
 その寺西氏の墓所である「無能寺」については、「旧奥州街道の桑折宿」でふれていて、「寺西代官墓所」そのものについてもふれている。
 http://kazenoshin.exblog.jp/7752808/ 
by shingen1948 | 2014-08-09 09:49 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)