地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~吾妻連峰へのアプローチ口としての庭坂駅⑫

a0087378_1181671.jpg 気になる道筋として、五十須場の道筋薬師堂前の道筋を挙げた。公共の交通手段なら、その経路として主要な道筋を選択するのだろうが、私的な徒歩での移動なら、より近い道筋を選択するという事もあり得ると思うところもある。
 それがこの道筋なのだが、フルーツラインからこの道筋に入る付近に気になる石塔が建っている。
 そのプロットされる地点付近の小字が渡辺なので、多分「吾妻地区史跡・文化財案内板」に「渡辺の道標」としてプロットされているものなのではないかなと想像している。
a0087378_1191012.jpg ただ、ここに刻まれている文字は、中央の「水」以外は読み取れていないので、この石塔が建った意義や「道標」とされる意図は分かっていない。

 この石塔は、道筋の確認で見つけたのではなく、先に天戸川から堰への取水口を確認している時に見つけていた。この時に近くの水天宮も見つけたこともあって、漠然と水防とか堤防とかということとかかわる石塔なのではないかなと思っていたところだ。
a0087378_1111683.jpg のりしろ散歩の場合、疑問が資料を通して解決するということはまずない。想像の翼は広げるが、広げっぱなしのままになる事が多い。この石塔も、そのままになっていた上に、五十須場薬師堂前の道筋とのかかわりも気になったということで、疑問は集約せずに広がったということ。
 集約しない疑問がもう一つあって、それがこの北西側に「元五十須場道」という小字あるということ。
 「五十須場道」という集落が元の地域から移転してきたということなのか、「五十」が開拓を意味し、「須場」を待つところと解して、開拓地と元の開拓地と解するのかとも、……。
a0087378_11115714.jpg ついでのついでにということで、この石塔は観音堂の境内に建つのだが、この字体、岩城の浄土宗とのかかわりで、勝手に気になるなとも、……。
by shingen1948 | 2014-08-04 11:20 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)