地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~吾妻連峰へのアプローチ口としての庭坂駅⑪

 「吾妻連峰へのアプローチ口としての庭坂駅」としては、その基本的な道筋は次のような事だろうか。
 まずは、庭坂駅を起点とする福島県道198号庭坂停車場線を、福島県道5号上名倉飯坂伊達線の交点まで進む。この福島県道5号上名倉飯坂伊達線が、いわゆるフルーツラインだ。
 そのフルーツラインを福島県道70号福島吾妻裏磐梯線の交点まで南下するのが、次の道筋だろうか。この福島県道70号福島吾妻裏磐梯線が、いわゆる高湯街道だ。 その高湯街道の道筋に沿って姥堂を経由して高湯温泉に進むということだ。

 庭坂駅は、微温湯温泉口としても紹介されている。
 その観点から微温湯温泉までを意識するなら、フルーツラインをそのまま福島県道126号福島微温湯線の交点まで南下することになるのだろう。この福島県道126号福島微温湯線が、いわゆる微温湯街道、または水保街道ということだ。

 ただ、繰り返して散歩していると、その交点付近で何本かの道筋が気になるようになる。
a0087378_11315377.jpg この辺りの散歩はじめが「阿保原地蔵尊」の確認だったということもあって、最初に気になった道筋は、五十須場簡易水道組合解散記念碑も建つ「五十須場薬師堂」前の道筋だ。
 この道筋は、フルーツラインを進んで、天戸川を渡ると直ぐに右折し、そのまま進むと福島県道70号福島吾妻裏磐梯線につながる。

 その交点には、庭塚村の道路元標が建っている。
 庭塚村は、明治22年(1889)に信夫郡庭坂村から分村した在庭坂村と二子塚村が合併してできた村だ。昭和29年(1954)には、庭坂村と合併して大庭村となる。昭和31年(1956)には、その大庭村が野田村、水保村と合併して吾妻村となるという経緯をたどり、昭和43年(1968)には、吾妻町が福島市と合併する。

 この庭塚という名称が残るのは、学校や地域の団体など限定的だ。地域の概念としては存在するのだが、確認の作業では、「在庭坂」と「二子塚」に分けて確かめた方がいい。
by shingen1948 | 2014-08-02 11:35 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)