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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~奥羽本線(山形線)⑦~避線④

a0087378_1737734.jpg 「庭坂駅キャッチサイディング」という避線の跡が道筋として残っているとするのが、庭坂運転免許センター前の道筋から、叶屋さんの隣の骨董品屋さんの東側路地の道筋のようだ。この路地道をたどってみると、フルーツラインまで緩やかな弧を描く道筋になっている。
 ここの標高はおおよそ135mのようだ。というのは、ここから一本東側の道筋角に標高135mの単点がプロットされる。そこからここまでは起伏がない。
 標高135mの単点がプロットされる位置には火の見櫓が建っているのだが、そこは「東原集会所」の一角だ。
a0087378_17442013.jpg ここが路地道のおおよそ中間地点附近かな。
 地図上では、その中間付近に140m、フルーツラインに抜けた付近に145mの等高線が走っている。約10mの高低差があるはずだが、ここまでも緩やかな道で、上り坂という実感はない。

a0087378_17453917.jpg フルーツラインからその道筋を眺める。
 その道筋は、左手のコンクリートの建造物の先から左に入る道筋だが、その道筋がフルーツラインを越えた付近に小屋が建っていて、その先は確認できないが、ここから先に整理した162mの単点の地点は直ぐ近くなのだが、17m上昇する。この避線の中で、この間が最も急な登り坂という事になるのだろ。そこから最終地点までは、ほぼ同じ位の距離だが2mしか上昇していない。

 避線の設置理由は、開業当初の蒸気機関車は力が足りず線路を逆行した事故も起きていることとかかわるようなので、奥羽線での逆行にかかわる事故について、「日本の鉄道事故」のページで確認してみると赤岩信号所構内結社転覆事故があるようだ。その概要は以下のように解説される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E4%BA%8B%E6%95%85_(1949%E5%B9%B4%E4%BB%A5%E5%89%8D)
 赤岩信号所を発車した列車が急勾配の第13号隧道内において空転を頻発した。その際に後部補助機関車内の機関手及び機関助手は蒸気により窒息し、昏倒。異常に気づいた本務機関車の機関手は非常制動をしようとしたができず遂に後退し始めた。そのまま列車は赤岩信号所構内に侵入、脱線転覆した。木造の客貨車は粉砕され、旅客は1人死亡27人負傷、職員は3人死亡、3人負傷した。
 しかし、この事故は、明治42年(1909)6月12日とのことなので、この避線設置とはかかわらない。というか、廃止された以降の事故のようだ。
by shingen1948 | 2014-07-18 17:50 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)