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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~奥羽本線~大堀川鉄道橋④

 奥羽本線の山形線について確認しているところだが、昨日7月10日(木)大雨の影響で昨日終日運休していた山形新幹線(福島―山形間)と奥羽本線(米沢―山形間)は、本日は、復旧したとのことだ。

 さて、庭坂方面から西進してきた奥羽本線は、大堀川第二鉄道橋とその隣の鉄道橋で支えられて庭坂事件の舞台でもある庭坂大カーブを描くのだが、そこから西の断層線に沿って北進していくことになる。
a0087378_9515297.jpg そこも鉄道橋があって、その下を用水路が流れている。
 大堀川は、南側の地域には給水しているのだが、整備された地域では排水路として位置付けられるところだが、こちらの用水の整備された地域への開放部をみれば、こちらはこの地域への給水の役割を担っているらしいことが分かる。
a0087378_95235100.jpg この鉄道橋のプレートの「山の上」の部分を読むことができるので、正式な名称は分からないが、とりあえず勝手に「山の上」鉄道橋と呼んでおく。
 この鉄道橋は、手前から中央付近まで鉄筋コンクリート製である。
新幹線を通すために改良された部分と、古い鉄道橋の半分が改修された感じがするが、どうだろう。
 それでも、奥の方の1/3位は、煉瓦製の構造物になっている。
a0087378_9544438.jpg その奥の側から眺めて見ると、間違いなく煉瓦製の構造物であることが分かる。
 鉄筋の増設部分が、補強の為なのか、こちら側にもう少しの幅が欲しかったという事なのかは分からない。
 大堀川第二鉄道橋の煉瓦拱渠(同ポータル)に比べて保存状態とか形とかが美しくはないかもしれないが、大堀川第二鉄道橋の煉瓦拱渠(同ポータル)が明治32年の建設というのであれば、こちら側の煉瓦の鉄道橋部分も、それに負けず劣らずの歴史を経過しているのではないのかなと思うのだがどうだろうか。

 ここから、奥羽本線は松川の左岸沿いに庭坂大カーブと逆のカーブを描いて西に方向を変えながら進んで、極めつけの難所を経由して米沢に向かうことになる。
 奥羽本線は、主として奥羽山脈の西側を走り、各県境の峠の難所を通るのだが、ここは奥羽山脈そのものを越えることになるため、その中でも最大の難所と言われる。
by shingen1948 | 2014-07-11 09:56 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)