地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~奥羽本線~庭坂事件⑤

a0087378_12162824.jpg 庭坂事件の中心話題は松川事件で、その松川事件の現場を歩いた時にも、庭坂事件は意識していた。
 また、この広域道路は、のりしろ散歩以外でも何度も通っていたのだ。しかも、その道筋には庭坂事件の「殉職の碑」への案内柱までも建っていた。
 それなのに、慰霊碑を見るまで全く気づかなかったというのはいかに鈍感だったかということかな。
 それでも、そこに導いてくれたのは、大堀川第二鉄道橋への興味だったということだ。

 その庭坂事件が、事故なのか事件なのかも不明のままで、諸説あるようだが、「庭坂事件を考える」では、それらの諸説を考察した上で「謀略事件説」に近づいたようだ。そのうえで、松川事件と庭坂事件の関連性について考察を深めているのだが、その論拠の一つで説得力があるのが、列車ダイヤの不自然な変更との関連。本来はあり得ない長時間の闇米一斉捜索が、庭坂事件を解くカギで、この仕掛けは占領軍の関与なしには不可能だとしていることだ。
 客観的な考察を意図し、冷静に確からしさも高めるためなのだろうか、まどろっこしい言い方になっている。
 素人の散歩人にとって欲しいのはその概要ということで、読み取った要点を箇条書きに整理しておく。

 ① 当時の列車時刻表によれば、福島発米沢行きの下り第463貨物列車は、庭坂駅を21時50分に発車し、2つ先の板谷駅で問題の上り第402旅客列車とすれ違うことになっていた。
 ② しかし、実際の第463貨物列車は、通常の闇米捜査が10~15分なのに、長時間の闇米一斉捜索となり、発車時刻が50分遅れている。
 ③ 予定通りの列車運行なら、現場付近での空白時間が20分間なのだが、このことで1時間ほどの空白時間が加わった。→線路破壊者にとって有利。
 ④ 闇米捜索のような警察による臨検は、各地のCIC(占領軍の対敵諜報部隊)の指揮下で警察が執行していた。
 ⑤ ダイヤ変更の権限はGHQ のCTS(民間輸送局)またはRTO(鉄道輸送事務所)だけが握っていた

 ∴(④と⑤ゆえに)、捜査当局が列車運行の不自然な乱れに疑いを挟むはずがない。

 線路破壊者は、この事を知っていたか、或いは知り得る立場だったとするのが自然で、もっと言えば関係者であったとも考えられるということで、「謀略事件説」に近づいていくようだ。
by shingen1948 | 2014-07-08 12:27 | ◎ 松川事件を歩く | Comments(0)