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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~湯町温泉の庭坂遊郭情報

 昨日は、菅原氏が庭坂に発電所建設の最適地をみつける事になる前段の高湯へ向かう道筋とのかかわりで、姥堂付近を探っていて疲れてしまった。

 「湯町温泉の旅館・料理屋情報」を得た「福島県12郡実業名家揃(明治27年5月)」に出会うきっかけが、菅原氏の庭坂村相談者の確認だった。
 発電所の候補地を須川沿いから庭坂村に変える決断をするきっかけとなるのが、庭坂村の快い回答とのことだが、その庭坂村の有力者である「庭坂村の芳賀宇之助、佐藤文之助、佐藤久助、氏家周太郎」の各氏の情報を確認したかったのだ。
 結果的には、肝心な方は見つからず、湯町温泉旅館・料理屋情報を得たという事だ。
 庭坂村の有力者は、信夫郡庭坂村戸数400戸人口2千人のうち、村会議員12人、県会議員資格者66人、衆議院議員資格者22人のうちのどなたかなという程度の絞り込みしかできていない。

 資料を見比べている中で、もう一つ気になったのが庭坂遊郭。
 基本的な情報として、「湯町と改称された歓楽街は、十数件の旅館や料理屋と、5件の遊郭などが建ち並ぶ温泉街」というのを基盤にしているのだが、「福島散歩」には、庭坂遊郭は2軒だと紹介される。数もだが、その内容も気になる。
 湯町のこの辺りには、「庭坂遊郭」の跡も残っており、2軒ほどの遊郭には4~5人の女郎が居て相当繁盛したという。「福島の一本杉」「瀬上の遊郭」などとも期を同うして盛衰していったのであろうが、屋敷跡の石垣のそばを川波だけが無心に流れ去っているいるばかりである。
a0087378_7374464.jpg 「湯町のこの辺り」の「この」とあるのが「官宅」のことであり、「屋敷跡の石垣のそばを川波だけが無心に流れ去っているいるばかりである」という解説に合う石橋の写る写真に「庭坂遊郭の跡」とあることから、「庭坂遊郭」の跡は「湯町を流れる堰」で整理した「官宅」近くの石橋を渡る所ということになる。

 この辺りのこの堰の水筋は、ここはもう直ぐ「官宅」という付近だが、ここまでは堰は道に沿って流れているのだが、ここから道沿いから外れて湯町の西側を北側に回り込んでいくことになる。ここから東側のどこかというところまでは絞り込めるが、そこからは曖昧だ。
by shingen1948 | 2014-06-27 07:39 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)