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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~庭坂発電所⑥

 菅原道明氏が発電所建設の最適地にたどり着くコースには入れない。それで、川筋からは外れるが、北側にそれに並行して走る道筋を歩いてみる。この道筋は、おおよそ第一発電所の地点と推定されるあたりで行き止る。後ろを振り返ると、眼下に庭坂の町が見える。
a0087378_5493416.jpg これは、その行き止りの地点から、左手の天戸川の方向を見ているが、この林の向こうが、第一発電所があった地点だろうと想像する地点だ。
 ママチャリを引いたサンダル履きでは、ここまでかなということで、ここから引き返すことにする。

 ここから右手に進み、清水観音道標から案内される太い道筋を下るが、清水観音を目ざす。
 庭坂発電所を案内する古いパンフレットは、「清水観音」からの案内になっている。その逆コースをたどるということだ。
 「信夫郡案内【信夫郡出品協会編(明治41.4)】」の「庭坂発電所を案内」は、以下のようなもの。
 (清水)観音の境内を出でて更に数丁、偃松灌木の間を行けば窮路崖端に盡きて脚下に石瀬の淙々たるを聞く。之れ羽陽の境に発する「天戸川」にして溪畔の一舎は即ち発電所なり。第一発電所は、輓近其工を革め第二発電所は隔てて上流数丁の地に在り対岸より遠く之れを望めば幾百尺の鉄管墨縄の如く崖に懸り、下端拳大の小舎は幽かに轟々の響を水音に和す福島・飯坂・瀬上に供給する電気は此の鉄管を奔下する500馬力の水勢によりて生まれつつある也。

a0087378_5563187.jpg 清水原貯水槽を下ると直ぐに、(清水)観音の案内板が立ち、右300mと案内される。その脇に、「熊出没注意」の看板も。
 地図を確認していて、この地点から清水観音道標までの間の「清水原」も「字清水」を呼称するらしいことを知る。菅原道明氏が、たどり着いた民家の住所が「字清水」であり、天戸川の第一堰から大字矢細工への用水路が走る地点ということで、気になる地点でもある。

 直ぐに清水観音に着くが、今回は、少しだけ休んで、直ぐに旧米沢街道に向かう。
a0087378_557271.jpg 高湯から最適地が見つからずに道なき道を下ってきて旧米沢街道の茶店にたどり着くのは庭坂まで4㎞付近とのことなので、この地点より上の方のはずで、この地点は間違いなく通っている。
 また、庭坂に下る途中に最適地発見へ導くことになった「無名の川の石橋」の地点は、ここから庭坂に向かう途中であるはず。というのは、その石橋の下を流れる水量の多い用水路をたどって、「字清水」と呼称する地点の民家にたどり着いているからだ。

 ここから、散歩で菅原道明氏が庭坂に戻る途中を想像してもみようとの思いもあった。
by shingen1948 | 2014-06-22 06:01 | ◎ 水 | Comments(0)