地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~庭坂発電所②

 門が閉まっていて近づくことができない庭坂発電所だが、川向かいから眺めることはできる。
a0087378_8343018.jpg これが「湯町温泉 引湯懸樋台石積」の少し上流の天戸川越しに見たその現在の庭坂発電所だ。

 案内板に、「明治28年に福島電灯株式会社(現在の東北電力(株))が福島県で最初(東北では2番目)に水力発電を開始した庭坂第1発電所と明治37年に運転開始した庭坂第2発電所があった」とあったが、【民友ネット】の「心に残す福島の風景『庭坂発電所跡』」での紹介と照らし合わせると、それらの歴史的な発電所の位置関係が分かる。
 明治28年創業福島県最初の水力発電所「庭坂第1発電所」は、ここから約500m上流の位置にあるようだ。そこには石碑も建っているらしい。明治37年の庭坂第2発電所は、更に少し上流の位置になるようだ。
 なお、【民友ネット】には、その第2発電所が運転開始された頃の状況が以下のように紹介されている。今も稼働する滝野の発電所開設までの近郷の電力事情という事でもある。
 http://www.minyu-net.com/tourist/fukei/fukei35.html
 創立五年の時、第二発電所を第一発電所の上流につくり、ちょうど日露戦争中だったが、バルチック艦隊全滅、日本海海戦の大勝利を祝賀して本社屋上に五百個のイルミネーションをつけた。ついで摺上川に第三発電所の計画を考えた。この時、東京鉄道管理局長から庭坂・米沢間に電気機関車運転の計画があって、そのため摺上川に一大発電所を設備せよとの勧告があったからである。時の逓信大臣は例の後藤新平であった。福電重役も上京して後藤逓相に面会している。
 ここ庭坂発電所は、現在も運転されるが、二つの発電所と連続的に存続していたということではないようだ。二つの発電所は、昭和50年(1975)に一度廃止撤去されているはずだ。
 現在も運転される発電所事情が、案内板にあった「水の力による発電は、二酸化炭素(CO2)などを発生させないため、クリーンなエネルギーとして見直されています」という部分だろう。
 つまりは現在の庭坂発電所の状況ということだ。このことについては、以下のように紹介される。
 庭坂発電所が再び脚光を浴びたのは、自然(クリーン)エネルギーが重要視されるようになった80年代のこと。水力エネルギーの開発を強力に推進するために創設された国の中小水力発電開発費補助制度をもとに、県企業局が4番目の県営水力発電所として01年3月、旧庭坂発電所から約500メートル下流に建設した。現在、1500キロワット(1900戸分)を発電している。

 
by shingen1948 | 2014-06-18 08:39 | ◎ 水 | Comments(0)