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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~ママチャリトラブル②~「湯町温泉 引湯懸樋台石積」

 この石垣に出会ったのは、平成21年(2009)8月だった。この写真もその時のものだ。ここに、史跡「湯町温泉 引湯懸樋台石積」の案内柱が建ち、以下のように解説される。
 明治18年、時の信夫郡長柴山景綱は高湯温泉より信夫郡庭坂村湯町に引湯を企て、村民を勧起し、同年5月27日起工、同年10月25日竣工した。その経費は2万円であったと言われる。
a0087378_8275873.jpg  その湯町温泉については先に整理しているのだが、ここに来たことについてはふれていない。
 それは、「高湯―引湯懸樋台―湯町温泉」という経路の各地点が実感として連続したものと捉えることができていなかったからだ。

 今回、「ママチャリトラブル」とかかわる水沢林道の散策は、この「高湯―引湯懸樋台」の経路確認になっていて、ようやくつながったという実感が持てたという事でもある。a0087378_8302324.jpg この経路について、「高湯温泉(高湯温泉協会)」は以下のように記す。
 湯樋埋設や橋を架ける工事は、明治18年5月27日から着手され、高湯から先達山の西にある窪地を越え、峠の沢、中沢、水沢の各谷を通り、清水原経由で行われました。
 「峠の沢」と「中沢」は確認できないが、「先達山の西にある窪地を越え」て「水沢の谷」を通るのは、この水沢林道しかない。
 天戸川沿いから分かれる地点に、進入禁止の鎖のある民家があったが、その後ろを通れば、高度と方向がぴったりと合う。
 また、「引湯懸樋台」から「清水原」経由「湯町」は、地図上では直線的に結ぶことができるということで、ようやく「高湯―引湯懸樋台―湯町温泉」という経路の各地点が実感として連続したものと捉えられたような気がするという事だ。
by shingen1948 | 2014-06-13 08:36 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)