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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~笹木野宿愛宕神社②

 笹木野宿愛宕堂を語るのを見受けないのは、この風景がごくありふれた風景だからなのだろうと思う。しかし、当方は、笹木野宿愛宕堂が勝軍地蔵が祀られた愛宕権現堂だったのだろうという想像が固まって、ようやく気分的に落ち着くことができた。
a0087378_10104924.jpg 笹木野宿愛宕堂のこのお地蔵様や古碑群が建ち並ぶ宇堂の建物に鳥居が建つこの風景の左手にはお地蔵様の道標が建つのだが、これをごくありふれた風景とみることができるようになったということだ。

 その鳥居が最近改修されたようで、鳥居の脇にはその記念碑が建つ。その鳥居への思い入れが「愛宕神社御縁起」から部分的に以下のように読み取れたと思っている。これをもとに、その鳥居への思い入れを重ねてみる。
 当社の鳥居は南部○といわれるものであった。柱の○後ろに控柱を設け、本柱と陀柱の隣に貫を通したもので敦賀の○○神社や宮島の厳島神社などの神仏焚書の神社に建てられたというから、当社もその例によったものと思う。
 「敦賀○○神社 宮島 厳島神社」の「神仏焚書の神社」の鳥居と当社の鳥居という関係性を述べている事が分かる。これを確認して行くと、「日本三大木造鳥居」という概念にたどりつく。
 それが、春日大社の「一の鳥居」、安芸(広島)の厳島神社(宮島)の鳥居、若狭(敦賀市)の気比神宮の鳥居のようだ。
 ここから「敦賀○○神社」は気比神宮を指すことが想像でき、「敦賀の○○神社や宮島の厳島神社などの神仏焚書の神社に建てられた」は、「敦賀の気比神宮や宮島の厳島神社などの神仏焚書の神社に建てられた」ということになるのだろうと思う。
 その構造的な記述は読み取れていないが、これらの神社と笹木野宿愛宕神社の共通項である「神仏焚書の神社」ということの誇りとその鳥居の改修という事が結びついたという思い入れが読み取れる。
a0087378_10124431.jpg
 地蔵尊道標の道標部分だが、「北・西・南」は先に読み取れていたが、その先が読み取れていなかった。今回読み取れたのは、どなたかが汚れをふき取ったらしいからだ。
 「北ふくしま 西よねざわ 南たかゆ」だった。写真では「ゆ」がちょっと切れちゃった。
by shingen1948 | 2014-05-27 10:14 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)