地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~、「天保国絵図」による米沢街道の一里塚情報

 米沢街道と呼称される街道はいろいろあるようだが、のりしろ散歩で米沢街道と表現しているのは福島での呼称で、別称は板谷街道。その道筋も、大森道と福島道の二つの道筋がある。ただ、旧道として意識して歩いていたのは大森道の方で、福島道の方は、明治になって開発された道筋を意識して歩くことが多かった。
 今回は、こちらも旧道の方を意識して歩いてみている。

 その米沢街道の大森道でも一里塚情報に接したことはなかった。それが、「天保国絵図」の中に一里塚位置情報が入っていることに気付いたということ。
 この事について「のりしろ散歩~上野寺散策の散策に米沢街道(大森道)の散策を重ねる②一里塚」でこの大森道の米沢街道の一里塚についてふれた。
 ここは、米沢街道(大森道)と二子塚が分かれる直ぐの地点ということで、比較的その位置が特定しやすかった。
 http://kazenoshin.exblog.jp/19776408/
 「のりしろ散歩~請(清)合内附近の米沢街道情報④」の中では、福島道の米沢街道の一里塚についてふれた。ただ、この付近の米沢街道福島道の道筋自体が曖昧だ。その上に、位置情報としても飯坂古道と米沢街道の分岐点から笹木野宿の間のほぼ中心付近という曖昧なものでしかなかった。それで、ここはおおよそこの辺りでないかなぁという程度の想像でしかない。
 http://kazenoshin.exblog.jp/19564998/
 「天保国絵図」には、もう一カ所の一里塚位置情報がある。
 その位置情報として読み取れたのは、福島道の庭坂宿と笹木野宿の間という程度だった。この道筋は比較的読み取り易いのだが、距離感がつかめなかった。
a0087378_556792.jpg
 それで、当初はこの塚を自分なりにその候補地の一つではないかと仮定していたところがあったのだが、結果的には違っていた。
 その違うなと思ったのは、今回大森道の米沢街道の一里塚を確認したこととかかわる。
 大森道の一里塚付近から庭坂宿までの街道はほぼ直線に近いのだが、福島道の方も、笹木野宿から庭坂宿の間も直線に近いのだ。
  それに、「天保国絵図」の絵図もアバウトな描き方のように見えて、比較的距離が正確らしいということがあって、その絵図に描かれる一里塚の位置情報が、庭坂宿からの距離がほぼ同じ辺りと読みとれたのだ。
 その事を考慮して地図と見比べると、山神神社よりもやや庭坂宿に寄った付近と読みとれる。この辺りの米沢街道福島路は、奥羽本線に分断されるのだが、その位置は、その奥羽本線を越えたあたりなのではないかなと想像している。
 したがって、ここが一里塚の候補地の一つとの仮定は崩れ去ったという事。
by shingen1948 | 2014-05-23 06:10 | ◎ 米沢街道 | Comments(0)