地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩の中で見つけた「大黒天石塔」

a0087378_10554225.jpg 金兵衛堰と福島用水とのかかわり具合を確かめるのに水路確認中に、この「大黒天石塔」をみつけた。正面に「大黒天」が刻まれて、「右」と「左」の文字が刻まれているのを確認した時に、久しぶりに道標をみつけたのかなと思った。水路確認中に道標をみつけることが多いのだ。

a0087378_1057578.jpg 家に戻って、「右」と「左」の方向に、どこが刻まれていたかを確認しようと思ったのだが、それが見つからない。こちらの右の下は、継ぎ足した跡があるので、そのためかなと思って左もみてみたが、それでもみつからない。
 それで、いろいろ確かめていると、「三面大黒天」とかという概念に出会う。

 「三面大黒天」というのは、正面に大黒天、右面に毘沙門天、左面に弁才天の三つの顔をもつ大黒天とのことで、「大黒天」・「毘沙門天」・「弁財天」という強力な天部が三位一体で合体した神なそうだ。
 ならば、「右」とあったのは「毘沙門天」を意味し、「左」とあったのは「弁財天」を意味していたとも考えられるのかもとも、……。
 ならば、この石塔は、「大黒天」を基本としながら、「三面大黒天」的な概念を持つ石塔ともとれそうかなと思い、それぞれの神の辞書的な意味を確認しておく。
 大黒天は、インドではマハーカーラという戦闘神だったが、次第に財宝をもたらす力強い金運の神として各地の豪商が守護神とするようになのだとか。ただ、この風景の中では、中国に伝えられて以降、食べ物の神様として寺院の厨房に祭られたという変遷という方の辞書解説が馴染むかな。日本には最澄によって伝えられ、「台所の神」として福の神信仰の対象となったのだとか。やがて、大国主命の大国と大黒とが混合されて、神仏折衷(習合)の農業の神様となったという解説が建っていた風景には似合いそう。
a0087378_115827.jpg 弁財天は、インドにおいてはサラスヴァティーという学問、音楽、弁舌の神だったが、無数の体験の積み重ねから、主に財をもたらす神として知られているのだとか。
 毘沙門天は、強力な戦勝の神としてあらゆる障害を除去するという。

 これが「三面大黒天」ということなら、これら単独でも強力な三神が一体になったとき、天下をも取らせる凄まじい力が生まれることを意味する事になるかな。
 そういう視点で石塔の建っている位置をみると、土地の境界線を現す目的というふうにも見えるかな。
 本当のところは、分からない。
by shingen1948 | 2014-05-17 11:08 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)