地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~上野寺散策に米沢街道(大森道)の散策を重ねる⑥福島用水

 「歴史地図」が福島用水の水源の視点からの金兵衛堰(新堰)解説を再掲する。
 上野寺・下野寺それに福島城下各村の水不足を解消するために、上野寺の名主金兵衛は現在スカイライン通りに架かる二子塚橋(吾妻公民館西)の下流200m地点に「新堰」を設けた。悪水が合流する須川の合流点からギリギリ100m地点である。
 ここから揚げられた天戸川の水は、上野寺字竹の内地点(東北自動車道東側)で福島用水と合流する。
 この福島用水との合流地点付近とされる上野寺字竹の内地点(東北自動車道東側)が、今回整理する事だが、ここは、自分なりの勝手な想像が先行し、確からしさという観点からはあやふやな風景だ。
a0087378_619237.jpg まずは、実際の東北自動車道の東側の須川の北岸附近は、河岸段丘的な地形が北に回り込む風景だ。恐らく、高湯道もその地形に沿って回り込んだと思われるのだが、その道筋は曖昧になる。そんな感じの所だ。
 散歩中は、この河岸段丘的な地形は、須川がつくりだしたものとのイメージだった。しかし、資料等と照らし合わせれてみると、この地形は天戸川がつくり出した地形と想像されているようだ。そして、その天戸川の流れ自体は、ここで伏流水となっているらしいということのようなのだ。
 その天戸川の伏流水は、この河岸段丘的な地形の北側、つまりは河岸段丘的な地形の上でも噴出するということのようだ。まだ確認はしていないが、「歴史地図」では「吾妻中付近で噴出した天戸川の伏流水が、天戸上堰と合流する」等と、具体的な例示もされている。

 福島用水の取水の原点とかかわる天戸川の伏流水の描写を、「歴史地図」を元に探すと、以下のような解説がみつかる。
 〇 「このあたり竹ノ内、淀内の南端の旧河岸段丘南崖あたりからも天戸川の伏流水が湧きだしている」
 〇 「下釜周辺の天戸川伏流水は地上に湧きだして、須川・荒川の北岸の河岸段丘に沿って下野寺地内を東流する。この沿線は旧高湯道があったところで、目をこらしてみれば旧道のなごりをその沿線で確かめることもできる」a0087378_6224761.jpg
 これ等の記述に実際の風景を照らし合わせると、字下釜附近の旧河岸段丘的な地形の縁を流れる小川が、福島用水の取水とかかわるのだろうと想像される。
 この辺りの用水路にかかわる現況は、排水に意を注がれた風景になっている。それで、実際にこの辺りを散歩している中では、旧河岸段丘的な地形から流れ落ちる水や噴き出す水の風景を、余った用水路の水が流れ落ちる風景、あるいは、天戸川の水が福島用水に合流する風景と見ていたのだ。
a0087378_6242771.jpg しかし、解説と照らし合わせれてみれば、これも天戸川の伏流水が福島用水の取水とかかわる風景なのかもしれないとも思えてきた。
by shingen1948 | 2014-05-13 06:25 | ◎ 水 | Comments(0)