地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~上野寺散策の散策に米沢街道(大森道)の散策を重ねる②一里塚

 米沢街道(大森道)に重ねたい情報がもう一つある。それは、米沢街道(大森道)がこの県道福島吾妻磐梯線に合流した後、公民館支所の脇で直ぐに右に分かれて庭坂宿を目ざすこの地点に、一里塚があった可能性が高いという事だ。
 地域の資料では見かけないが、米沢街道大森道の一里塚が「天保国絵図」に描かれている。この絵図は、のりしろ散歩にかかわって、米沢街道(福島道)を確認するのに見ていたものだ。
 この絵図は、一見するとフリーハンドでアバウトに描かれたように見える。しかし、実際にはその距離が比較的正確に描かれていて、縮率・描法等もしっかりしているとのことだ。1里を6寸とする縮尺(約21,600分の1)で描かれているとされるらしい。
 その絵図に、二点の黒丸で表示されるのが一里塚だが、この位置の表示される位置が米沢街道の中では比較的特定しやすい。というのは、二子塚方向の道筋と庭坂方面への道筋の分岐を越えた直ぐの地点だからだ。
a0087378_10303782.jpg
 これは、その分岐地点だ。
 右手に進む道筋が、米沢街道(大森道)の道筋で、左手に進む道筋が、高湯道の道筋だ。この米沢街道(大森道)の分岐点の直ぐの道筋の脇に一里塚があったとの情報になる。
 この「天保国絵図」の図を今回は掲げないが、情報を得た出典を明示すれば、米沢街道大森道の一里塚が描かれる図を掲げてもよくなったとの情報はある。
 図書館を見学をさせていただいた時には、収集が目的で、閲覧を考慮することはないとのことだった。それはそれで素晴らしいと思ったのだが、最近は田舎の施設よりはるかに閲覧を考慮されているようでありがたい。

 この記事の冒頭のこの付近の道筋の説明だが、便宜上「米沢街道(大森道)がこの県道福島吾妻磐梯線に合流した後、公民館支所の脇で直ぐに右に分かれ」ると表記するが、本当は正しくはなさそうだ。
 実は、「舘下橋」からこの分岐点までの米沢街道(大森道)と表記した道筋は、高湯道と道筋が重なる部分のようなのだ。それが、ここから再び米沢街道と高湯道に分かれる道筋になっていくというのが正しいらしい。
 県道福島吾妻磐梯線は、その高湯道の本道のバイパス的な役割を担う道筋のようで、それが、この地点で本道とつながっているという事でのつながりのようなのだ。
by shingen1948 | 2014-05-09 10:32 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)