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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~野寺情報を求めて追分を南へ進む ⑦ 野寺と上野寺情報②

 「上野寺稲荷坊屋敷」は曖昧のままだが、とりあえず「歴史地図」が「このあたりにもと大林寺があったという」と記す東北自動車道と農道の交点附近を稲荷山大林寺旧地としてイメージしたところ。
 武隈稲荷の案内板では、稲荷山大林寺旧地とかかわりそうな地名として、「上野寺稲荷坊屋敷」と「小字稲荷」の他に、もう一つ「小字十三仏」の地名を上げていた。それを確かめる。
 地図でその位置的を確かめると、「小字十三仏」は「釈迦堂」の道を挟んで南西の方向に広がる一帯のようだ。
 「野田村郷土史」には、以下のように「小字十三仏」に十三の仏塚があったらしい事が記される。
 十三塚と古碑
 上野寺字十三仏の地にある。昔、この所に伽藍名刹があって、十三の仏塚も最近まで残っていた。明治の中頃矢の根石を堀り出した事があり、現在北ノ内のOS氏所有してある。尚、この壕を掘れば仏罰が当たるとの伝説で誰も掘る者がなかった。昭和の初め頃開墾の際、地主OT氏が、壕一つだけ昔の記念に残し、その上に古碑を建ててあるが、余り古くて何の碑か今では分からない。(原文は実名だが、頭文字表記にしている)
a0087378_5122176.jpg 
 矢の根石=鏃かな。ここも遺跡とはされていないが、縄文遺物が出土するということかな。
 それはさておいて、気になるのは「その記念に残されたという塚」の方。
 現地を見回してもよくは分からないのだが、これかな?と思った塚のようなものは、これ。とりあえずその候補の一つとして掲げておく。

 大したことではないのだが、「釈迦堂」の案内でちょっと気になったのが、大林寺の御本尊様。
 ここでは「御本尊の釈迦尊像は寛延4年(1751)4月8日奥州信夫郡上名倉仏師龍三院作と記録されている。今より数え230年前の作である」としている。ただ、現大林寺の沿革によれば、御本尊様は阿弥陀如来とのことではなかったかなとも、……。
 現大林寺の北に現文殊菩薩堂が配置されていることなどもあるので、本当のところは分からない。
 今回の大河は視聴していないのだが、情報として3月2日放送の大河ドラマ「軍師官兵衛」第9回の石山本願寺の場面で、「阿弥陀如来像」が置かれるはずの場所に「釈迦如来像」のセットを誤って使用したとの情報が流れていることとのかかわりで、つい気になってしまった。
by shingen1948 | 2014-05-03 05:15 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)