地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~野寺情報を求めて追分を南へ進む⑥釈迦堂しだれ桜

 武隈稲荷解説からイメージする大林寺旧地は、小字稲荷を中心とした稲荷山大林寺だが、「歴史地図」が「このあたりにもと大林寺があったという」とプロットするのは、小字祭田と小字赤沢の小字境附近だ。確認できていない「上野寺稲荷坊屋敷」情報とかかわるのだろうと思う。マホロンの遺跡検索でその位置情報が確認できないか試してみたが分からなかった。
 ただ、先に整理した「勢至観音堂」附近が、2008平成20年度市内遺跡試掘調査報告書(財)福島市振興公社に記される中世「堀之内館跡」との情報を得た。「野田村郷土史」では、「天文年中、二階堂駿河守の居城であった」と記される。
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 とりあえず、釈迦堂しだれ桜(300年)がメモされる地点を探すと、確かに、釈迦堂らしき建物とシダレザクラは確認できるが、300年の歴史は感じない。そばに、昭和61年5月26日に福島市の指定樹46号とされたとする標柱が建つので、その位置情報としてはここを指しているに違いない。「ふくしま市の保存樹と保存樹林」一覧も確認してみたが、そこに「釈迦堂シダレザクラ」はない。標柱案内から、樹高18.0m・幹周2.60mだったらしいその老木自体は枯れてしまったのだろうか。
 釈迦堂に掲げられる「釈迦堂(上野寺佐々江地内)由来」の案内には、この桜について次のような解説がある。
 境内にある枝垂れ桜は専門家の鑑定により樹齢300有余年の老木である事を実証されている。今はなき和田集落の古老の話として伝わるところによれば、仙台釈迦堂にある有名な枝垂れ桜は、この桜の姉妹であると言う。
 「野田村郷土史」では、「当地を釈迦堂と呼びかなり古い名刹である。境内には数百年も経ったと思われる枝垂桜の大木があって、春の花盛りや旧4月8日の縁日には、善男善女で賑わっている」と解説される。

 武隈稲荷の解説に本郷・分郷の時の社格についての解説があった。
 「釈迦堂(上野寺佐々江地内)由来」の案内に、その幕府の都合で本郷・分郷と分けられた経過が分かる解説が、分郷とされた集落側から記されていたので、付け加えておく。
 上野寺分郷とは延享元年(1744)上野寺を二分し、和田・北ノ内・梅田・荒古屋・上野寺新田の4集落であり、天保9年の御巡見様差出しの明細書によれば、(村の実態が記される部分略)。
 記録によれば、本郷文郷と分かれた時も徳川直領時代であり、合した弘化元年(1844)も徳川直轄の時代である。

by shingen1948 | 2014-04-28 05:00 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)