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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~米沢街道⑦(笹木野宿附近)~仙台仏眼寺旧地

 五叉路の脇に大きな寺「仏母寺」がある。
a0087378_5234864.jpg ここが、仙台の仏眼寺の旧地であるという情報が気になる。そのことについて、「歴史地図」では以下のように解説される。

 曹洞宗(大源派)仏母寺
 嘉元3年(1305)日連宗光(興?)問派の第四祖日尊上人が、陸奥三大雄刹のひとつ仏眼寺をこの地に創建。(伊達家6代基宗が康永2年(1343)開基とも)
 のち伊達藩(政宗時代)→岩出山→仙台荒町へ領主とともに移転。その古跡にその名のゆかりの仏母寺を創建。
 日蓮宗派の人々渡利に仏眼寺を開く。
 情報の整合性を確かめる。
 まずは、日尊上人を確認すれば、その創建寺院の中に宮城県仙台市若葉区の仏眼寺が確認できる。
 次に、その仙台の仏眼寺を確認すれば、その沿革に嘉元3年(1305)陸奥国信夫郡笹木野村に創建が確認でき、その開基が日蓮正宗第3祖日目上人の弟子(つまりは第4祖)である日尊であることが確認できる。 
 その情報の中で、仙台城下町移転が延宝2年(1674)であることの確認もできる。

  「日蓮宗派の人々渡利に仏眼寺を開く」という渡利の仏眼寺だが、「ふくしま市景観100選 94.仏眼寺(ぶつげんじ)と背景の山並み」で、以下のように紹介される。
http://www.city.fukushima.fukushima.jp/soshiki/43/1493.html
 嘉元3年(1305年)日尊上人が笹木野村に法華堂を建立したのが開創といわれ、その後、笹木野仏眼寺となり、伊達政宗が仙台(宮城県)に移ったときに城下に移された。 
 笹木野仏眼寺開創から370年後、現在地に円頓庵が創建され、「渡利仏眼寺」が開創となる。
 笹木野の仏眼寺は、嘉元3年(1305年)日尊上人が法華堂を建立されたものが、笹木野仏眼寺となっていったという経緯らしいことが分かる。
 この渡利の仏眼寺山門入口には、義人菅野作左衛門の功績をたたえる石碑があるが、この事にかかわって、「弁天山⑨~川俣旧道と絵馬平」の「歴史 義人菅野作左衛門の墓」の中でふれたことがある。
 http://kazenoshin.exblog.jp/9090791/
 米沢街道の笹木野宿附近は、米沢街道笹木野宿として発展した既存の集落に隣接した米沢街道筋の八島田の集落に八島田陣屋が構築されたという勝手な順序性の想像をしたところだ。
 その勝手な順序性の想像を積み重ねれば、この笹木野宿附近は、まずは仏眼寺門前町としての栄えのようなものがあって、その関連性で米沢街道笹木野宿としての栄えがあったのではないかなと想像する。その栄えの関連性があって、近くに八島田陣屋が創設されて、この地域が栄えたということではないのかな。
 更に、その米沢街道が県令通勤道として、或いは米沢との交流のために改良され、奥羽本線が開通したりするなどして、この地域が近世まで発展し続けていったというイメージだ。
by shingen1948 | 2014-04-10 05:30 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)