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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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のりしろ散歩~米沢街道

 小字「清合」を中心とした下八島田村付近を散策してきた。
 のりしろ散歩という視点でみれば、住所としては野田村に属すのだが、小学校区としては森合小学区に属するという状況のようだ。その小学校区の南北の句切れが、奥羽本線のようで、東西の句切れが、西環状線のようだ。
 それで、奥羽本線の北側、西環状線の東側の下八島田村付近の遺跡に関する情報は、森合地域の郷土史にも詳しい情報があるということのようだ。行政的には野田村なので、野田地域の郷土史にも詳しい情報が重なるということだ。
 「のりしろ散歩~米沢街道」としては、「歴史地図」にある米沢街道の道筋をたどりながら、森合地区と野田村地区の郷土史を照らし合わせて確認してきたということになる。

 その下八島田村付近の米沢街道をたどってみると、現況ではほぼ通称庭坂街道(八島田街道)に沿って八島田村と下野寺村との字界線が走っているのだが、西道路を過ぎたあたりで、その字界線が街道筋から外れる区間があることに気づく。

 この区間を資料としている「歴史地図」で確認すれば、「森合地区」の散策と「笹木野宿付近」の散策解説の切れた部分。のりしろ散歩の視点でいえば、資料の空白地帯ということで、その確認は散歩の観察頼りということになる。
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 その字界線付近を何度か確認していくと、水路沿いであるらしい事が分かる。
 ここが、街道沿いの字界線から外れる付近だが、そこには水路跡らしい痕跡が見える。字界線を意識しながら、この水路を西手にたどれば、この先の公園付近から水路が顔を出す。その間は駐車場になっているのだが、その筋に沿って水路が駐車場を横断している事が観察できる。
a0087378_16524380.jpg
 あらためて駐車場を横切る水路上に、さきの水路跡を眺めれば、これが字界になっているのだろうという想像が確実なものに思える。

 公園付近から先は水路沿いに歩けないので、回り込んで確認してみると、水路筋と重なる道筋につながることが確認できる。恐らくこの辺りの旧米沢街道は、この水路沿いの道筋だったのではないかなと想像する。

 野田堰の本流は新道の北側を走るようなので、ここはその支流のようなのだが、「街道渠」の呼称と重なって見えてしまう。
 「信達ニ郡村誌」では、米沢街道は「清合内より下野寺に入り、3町7間にして復び本村台に入り、西に赴」いた後、笹木野村の経界を為し16町6間にして桃木町、上台畑の間より西隣より笹木野村に入る」のだが、そこを地勢の項での確認を重ねれば、「(村の)東部に米沢街道を受く」に続いて、「街道渠(渠道に循がって流るを以て名とす)、道に循がって東流す」とある。
 西南部は特に「街道渠を以て笹木野村及び下野寺村と界し」とある風景とも重なるような気がするのだがどうだろうか。
by shingen1948 | 2014-03-29 16:54 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)