地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「小さいおうち」視聴記録の再整理~黒木華に主演女優賞(銀熊賞)受賞の報から

 先に「小さいおうち」を視聴し、その記録を整理したところだが、その黒木華さんがベルリン映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝いたとのこと。
 贈られた賞は黒木華さんだが、評価されたのは作品そのものもあったのだろうと思う。毎日新聞「ひと」欄をみると、彼女も「山田監督についてこられただけでも幸せ。みんなで喜べたらうれしい」といい、「銀熊賞の黒木ではなく、『ちいさなおうちの黒木です』と、またベルリンに帰ってきたい」と語っているのだとか。
 もっとも、山田監督が彼女を抜擢したのは、「昭和の雰囲気を色濃く持っている。地方出身の若い女性を演じられる女優は少ない」からだったらしい。一歩引いた地味さが監督の心を引き付けたということのようだ。その結果を受けて今思い返すと、確かに心に残っているのは、その一歩引いたその地味さかな。
 監督が受賞理由を「初々しさが評価されたのでは」と想像したことと、審査員評が「女優が活躍する映画の中で群を抜いていた」と賞賛だったという落差にも納得ができる。

 この映画で感じることの一つがこの作品自体が強い主義主張をしないことであることは、先にもふれた。
 描かれる時代は、やがて始まる戦争へと向かう先行きの見えない時代で、その足音をどこかで気付いてはいるはず。しかし、そのことを直接的に描写するのではなく、好景気に湧く華やかな日々の中に埋没させて描いていく。
 戦争が近づいても、人々は危機意識とは程遠いのんびりと生活を楽しんでいる。戦争の時局そのものも、戦争景気を夢見て浮かれる当時の東京の中流家庭の政治談義として描かれる。男たちは、中国での戦争もすぐに片づくと楽観している様子が、実に写実的に描かれている。

 先に視聴記録を整理した時には、この事を過去の時代としてみていた。しかし、最近気付いたのは、これは今の時代とみるべきだという事。
 福島の中の「フクシマ」の現場からは少し離れたところでみていると、オリンピックに踊らされる中で、「フクシマ」は無かった事になりつつある。
 先の参議院選で一人区になった福島から、勝利した福島の代表議員さんは、浜通り出身の方だ。この方が、いつの間にか「機密保護法案の法制化」にまい進する係として活躍なさっている状況をみている。
 一強独裁の政治の世界では、そのリーダーの方は完全に言いたい放題なのだが、その青臭い若造の論理の片方の先に福島の代表議員さんがいらっしゃる。
 取り戻そうと訴えられる「美しい日本」の時代は、このドラマの少し前の時代で、道を踏み外そうとした頃の日本を指すようなのだ。そこに向けて、武器輸出拡大、集団的自衛権解釈、核の傘依存など訴えられるその先に、「機密保護法案の法制化」にまい進する福島の代表議員さんがいらっしゃるという構図がみえる。
 しかし、近隣諸国の利権・領土への野望が続いていることへの抵抗意識の高揚の雰囲気や、オリンピック意識の高揚が、気づかぬうちに国家意識の高揚に変質している現状。そんな感じかな。

 映画と重ねれば、進むベクトルがあの時代であり、描かれた時代は今の日本そのもののようなのだ。
 ならば、「ちいさなおうち」が、空襲の焼夷弾で焼けて破滅するのは、過去の世界ではなくて、われわれの未来の話なのではないかとの感覚が交錯する。深読み過ぎかもしれないこの感覚を付け加えておきたい。
by shingen1948 | 2014-02-23 05:57 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)