地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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平野下白山の「子育て地蔵尊」

 「さいで地蔵尊」と「舟地蔵」を関連付けてみるとすれば、平野地蔵田の「さいで地蔵尊」の足元ではなくて、「舟形後背」ということなのかもしれないとも思う。先の整理にこの事を加えておく。(2014/2/14)

 「平野の伝承とくらし」では、その地蔵田の「さいで地蔵尊」の位置情報は、「『子育て地蔵尊』のわき道を南の方へ約200mほど行ったところの田の中に敷地があり、そこに半肉掘りの大きな石造りの地蔵尊が立っています(この南に東北自動車道が見えます)」と示される。
 平野地蔵田の「さいで地蔵尊」の位置を確認するために、平野下白山の「子育て地蔵尊」を確認した。
a0087378_54559.jpg その「子育て地蔵尊」の位置情報として、「六角から余目・瀬上へ向かう道路のすぐわきにあります。お堂が南を向いていますので、ちょっと場所がわかりにくいです」と示される。
 「六角から余目・瀬上へ向かう道路」というのが、この付近で通称「瀬上街道」といわれる道筋のようだ。その道筋に沿って確かめて行くが、確かにその街道筋からは見えにくいところにあった。
 南向きで街道筋の後ろ側ということもあるが、民家と続くその入り口にあることもある。
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 そのお地蔵様については、その御姿や、その功徳を願うお念仏講について解説されるが、特化した「子育て」とかかわりそうなのは、「二体とも小さな子供が着るきれいな着物や、よだれかけ、布で作ったぼうしを身につけています」とあること位しかない。
 ただ、「ウィキペディア」の「地蔵菩薩」の項をみれば、元々、「大地」・「胎内」・「子宮」とかかわる意訳から「地蔵」とされていて、特に断わらなくても「地蔵菩薩」は一般的に「子供の守り神」として信じられているということではあるらしい。
 それよりも、ここでは数珠回しと結びついているらしいということで、このお地蔵さんは、地獄における責め苦からの救済を欣求するという浄土信仰と結びついたというのが特徴的なのかな。
 お堂の中には、石造りのお地蔵さんが2体安置してあり、二体とも小さな子供が着るきれいな着物や、よだれかけ、布で作ったぼうしを身につけています。お念仏の日には、赤い頭巾や、肩かけがつけられます。また、千羽鶴がたくさん下げてあり、右側にはわらで編んだ輪もたくさん下がっています。この輪をお借りして体の悪いところに当てると治るそうです。治ったら同じものを作って納めます。
 春と秋のお彼岸の入りにお念仏があります。お念仏には、地区のおばあちゃんやお母さんがたくさん参加し、お堂の中にござを敷いて輪になり、長い数珠をまわしながら於念仏を唱えます。
 信夫の里のこの種の仏堂は、統計的に数人から数十人の単位の地域住民の意思であることや民間地の中に存在する事が特徴であることは、先の「金子氏建立伝の仏堂」の散策の時に確認したが、この平野下白山の「子育て地蔵尊」を訊ねてみると、その生々しい信仰心と直接ふれたという実感がわく。
by shingen1948 | 2014-02-14 05:53 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)