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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の「フクシマ」とのかかわり③

 「2013年度「東北の戦後史」~日本人は何をめざしてきたか」の第5回「福島・浜通り」【NHKEテレ(2016/1/4)】の放送があった。これは、原発と共に生きてきた福島県の浜通りの人々の戦後をみつめていた。目新しい内容ではないが、福島が「フクシマ」とかかわった根源的な事にふれている。
 http://www.nhk.or.jp/postwar/program/past/
 原発と共に生きてきるようになるその原点は、貧しさだったようだ。
 原発の誘致は、その貧しさ解消策であり、その効果は画期的だったということのようだ。その指標として、福島県内の自治体の中で所得を挙げる。
 双葉町は、第56位だったのだが、原発誘致したとたんに第4位にはねあがり、そして、遂には第1位にまでになるという。貧しさの解消という点では、何にもなかった貧困地域にふってわいた魔法の玉手箱のような原発景気は、起死回生の一発逆転劇だったとも。
 雇用が生まれた町では、出稼ぎなどせずに生活できるようになったのだ。

 その魔法の玉手箱が、電源三法交付金なのだとか。
 原発建設中や原発運転当初に、莫大な交付金と固定資産税という莫大な金が国からふってくる。これによって地方財政は支えられる。それに、国や東京の電力会社から危険を押し付けた代償として、豪華公共施設への資金提供。似つかわしくない立派な施設は作り放題。
 その建設で、地元業者も潤うという富のスパイラル。

 しかし、年月が過ぎると、交付金も固定資産税も目減りしていくシステムで、財政は徐々に苦しくなって、一時の繁栄からじわじわ衰退の一途をたどるようになる。それに追い打ちをかけるのが、豪華公共施設の維持管理費の財政圧迫。

 負のスパイラルに入った解消策として、地元住民や政治家が求めたのが原発増設。
 これで、新たな原発による交付金や固定資産税が入ってきて、潤いのスパイラルが復活するというサイクルが出来あがったようだ。

 この次々と原発が増設されていくサイクルに入った時点で、地元はエネルギー政策とか、東京に電気を送るという意識はなく、ただ潤いのスパイラルを求めるようになっていたということのようだ。
 このことと共に注目は、引き返すチャンスはあったということ。
 福島の原発は運転当初からトラブル続きであり、地元では原発の危険は察知でき、反対運動も持ち上がっていたりだとか。
 しかし、町は、目先のあぶく銭に誘惑されてしまった。原発の危険はさておいて、原発推進へと傾いていったということのようなのだ。
 富が、察知していた原発の危険性に目をつぶらせた。その側面を肝に銘じておくことが大事かな。
 この結果として、2011年3月に故郷を失うという現状に結びついたということだ。

 福島県内という地域を共有する者が、この事にふれるのには、まだ早すぎるとの思いもある。しかし、「フクシマ」は無かった事にしようとする不気味で巨大な意思のようなものも感じている事からすれば、しっかり見据えておく事も大切なのだと思う。
 とりあえずは「2013年度「東北の戦後史」~日本人は何をめざしてきたか」の第5回「福島・浜通り」【NHKEテレ(2016/1/4)】の放送があったことを固定しておきたい。
 http://www.nhk.or.jp/postwar/program/past/
 第5回「福島・浜通り 原発と生きた町」a0087378_615056.jpg 福島県東部の浜通り。原発事故で、今も多くの人々が避難生活を余儀なくされている。
 東京電力福島第一原子力発電所の敷地には、戦前、陸軍の飛行場があり、戦後は塩田が開かれた。現金収入の少ない生活は厳しく、農閑期には多くの人々が出稼ぎに出た。福島県は戦前から只見川や猪苗代の水力発電によって電気を東京に送る電力供給地だった。戦後、浜通りの双葉町と大熊町は原発を誘致し、1971年、第一原発の稼働を迎える。新たな雇用が生まれ、人々は出稼ぎをせずとも暮らせるようになったが、初期の運転トラブルに対する疑問から反対運動も生まれた。国は1974年電源三法を制定し、巨額の交付金を配付。町の財政が潤うなかで反対の声も次第に小さくなっていった。しかし、1990年代になると、交付金で建てた公共施設の維持費などで町の財政が悪化。さらなる原発の増設を求めていった。
 そして迎えた2011年3月の原発事故—。浜通りの人々は、今、原発と共に生きてきた戦後をどのように見つめるのか。

by shingen1948 | 2014-02-10 06:05 | ★ 季節便り | Comments(0)