人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

2代目金子周助建立伝神社・仏堂⑨~奥玉神社④

 神社・仏堂の建築の見方について、「福島市史」に解説されていることを確認することを通して学んでいた。それを整理する。
 まずは、奥玉神社の建築にかかわる「福島市史」の紹介。
 一間社流造、銅板葺。両側面三手先の腰組を高く構える。妻飾り二重虹梁、支輪付出組が繁雑となり、二重目虹梁を出三斗出支え、獅噛(しがみ)付大瓶束で棟木を受ける。
屋根は前面を葺き下して前庇をおおい、主屋正面中央に千鳥破風、前庇中央に軒唐破風をつくり向拝に変化をもたせる。
 前庇の繫ぎは海老虹梁と手挟(てばさみ)を用い、手挟・持送りは籠彫り(かごぼり)の菊花・波文、海老虹梁は他の虹梁と同じく若葉彫りで飾る。面取り角柱の向拝柱をつなぐ大虹梁上の欄間は近世末一般に見られる雲竜が刻まれ、他の梁にある波文と共に防火の祈りが込められているようである。なお、正面の桟唐戸、廻廊の脇障子には丸彫りに近く竜文。甲冑の二天部が刻まれている。和様を主とするが随所に禅宗様が加味され、繁雑すぎるほど飾り彫刻が占められているのは江戸末期から明治初期の特色で、地方在住工人の腕を競った所産である。正面向拝各所の獅子・象型の木鼻には「下名倉円十郎」をはじめ、附近村々の寄進者名が墨書されて信仰の深さを物語っている。
a0087378_7174646.jpg  最初から専門語だ。一間社は大きさであることと銅板葺は分かる。「流造(ながれづくり)」は、神社建築様式であろうことが推測できる程度。
 確認していくと、屋根が反って、屋根が前に曲線形に長く伸びて向拝(庇)となったもので、全国で最も多い神社本殿形式ということのようだ。
 分かりやすいのはこの写真かな。


 次の解説は、「和様組物」にかかわる解説のようで、素人としては鑑賞したいだけなので、以下の概念確認程度にして、あとは自分で感じればいいのかな。
 a0087378_721843.jpg
 〇 虹梁(こうりょう)
 梁(はり)の一種で、虹のようにやや弓なりに曲がっているもの。「虹」の名は緩やかに湾曲した形状に由来し、彫刻や彩色などの凝った装飾がされる事も多い。
 〇 蟇股(かえるまた)
 社寺建築で梁や桁の上に置かれる、輪郭が山形(蛙がまたを広げたような形)をした部材。
 〇 二重虹梁蟇股
 大虹梁と上の小虹梁に蟇股が三つ乗っているもの。
 〇 出組
 出三斗の壁面から挺出した肘木の先端に組物を組んで丸桁(がぎょう)を受ける形式。
 壁面の1段外で組む為に一手先(ひとてさき)ともいう。
 更に1段外へ挺出したものを二手先組(ふたてさきぐみ)という。それより更に1段外へ挺出したものを三手先(みてさき)組という。
 奥玉神社は、この三手先(みてさき)組とのことだが、これが通常の和様組物のなかで最も格式の高い形式として重要な寺院の金堂や層塔に用いられた組物ということのようだ
a0087378_7285029.jpg 先の写真で、その様子はみれるが、素人は、床を支えるのもこの構造であることにも感心したということで、その部分も。
a0087378_7323799.jpg
 自分なりの見え方ということで、彫刻にかかわるもう一枚。
by shingen1948 | 2014-01-31 07:36 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)