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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

2代目金子周助建立伝神社・仏堂⑥~奥玉神社

 この奥玉神社は2代目金子周助がかかわっているということは、信夫の里を散策する人々の間ではよく知られていることらしい。
  参道の左側に「奥玉神社由緒」の石碑があって、次のように記す。
 御祭神 大国主命
a0087378_66785.jpg 大国主命は又の名を大巳貴と称し、5穀豊穣、商売繁盛、病気平癒、縁結び学業成就の神と尊崇されている神である。
 文治年間、藤原秀衡が尾州中島郡の大国霊神を勧請し、佐藤庄司元治の一族信夫重郎左エ門をして下村に亀ケ城を築かせ此の地を治めさせた。信夫重郎左エ門が守護神として篤く信仰した神が「奥玉神社」である。
 天保4年11月本社火災に遭い、○○地区の村々から大ケヤキを集め造営されたものが本殿で、当時の氏子崇敬の信仰心がうかがわれる。
 大国主命は御子の時代主命より協力者である少名毘古那命(スクナビコナ)と力を合わせ……(以下略)
 「文治年間、藤原秀衡が尾州中島郡の大国霊神を勧請し、佐藤庄司元治の一族信夫重郎左エ門をして下村に亀ケ城を築かせ此の地を治めさせた。信夫重郎左エ門が守護神として篤く信仰した神が「奥玉神社」である」とする部分は、「信達ニ郡村誌」にも記される。
 この中の「下村の亀ケ城」は、先に(2009/4/8~)整理した名倉城の事だ。
 〇 名倉城
 http://kazenoshin.exblog.jp/8152204/
 〇 名倉城②
 http://kazenoshin.exblog.jp/8155926/
 〇 名倉城③~近世米沢街道(大森道)
 http://kazenoshin.exblog.jp/8159498/
 〇 名倉城④
 http://kazenoshin.exblog.jp/8163048/
 「尾州中島郡の大国霊神」とするのは、「尾張大国霊神社」のようなので、ウィキペディアでその由緒を確認する。
 祭神の尾張大国霊神は、尾張人の祖先が当地を開拓する中で、自分達を養う土地の霊力を神と崇めたものとされる。開拓の神ということで、大国主命とする説もある。
 神社は尾張国府の創始とともに創建されたもので、尾張国の総社とされた。境内別宮の大御霊神社(大歳神之御子。大年神の御子神の大国御魂神のこと)・宗形神社(田心姫命)とともに国府宮三社と称する。『延喜式』では小社に列する。昭和15年(1940年)に国幣小社に列格し、戦後は別表神社となった。
(中略)
 本殿に接する位置には自然石を5個円形に並べた「磐境(いわくら)」があり、社殿建立以前の原始的な祭祀様式を物語るものとして神聖視されている。
a0087378_6132592.jpg
 本題の2代目金子周助建立伝の神社とかかわるのは、「天保4年11月本社火災に遭い、○○地区の村々から大ケヤキを集め造営されたものが本殿で、当時の氏子崇敬の信仰心がうかがわれる」ということの再建にかかわる部分だ。
 疎い散歩人でも、この本殿は手が込んでいるなと感じる。
by shingen1948 | 2014-01-23 06:16 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)