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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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西在への道筋~里道⑦~方木田附近散歩⑭

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 本方木田村の東側の小字界道を進むと神社が見えてくる。これが淵上稲荷(ふじうえいなり)大明神らしい。
 「方木田物語」は、「昔、荒川(現大森川)が氾濫する度毎に畑が削られたので、それを勧進した神社」とする。 勧進の年月不詳。
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 その脇に「猿田彦大神」の石塔が建つ。
 「方木田物語」は、この猿田彦大神について、「猿田彦は神々の案内役として信仰され、峠や村境などに祀られているのが多い。天正以前太平寺から福島村に通ずる街道がこの神社を通っていたと伝えられている。その因縁か」と解説する。石柱には、宝暦8年(1758)が記される。
 ※ 猿田彦大神=日本神話の神。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨に際し道案内をした怪異な容貌の神。のち、伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したという。日本書紀では衢(ちまた)の神とされ、中世には、庚申信仰や道祖神と結びついた。(大辞林)
 この情報と、以下の「信達ニ郡村誌」の里道についての解説の後半を重ねれば、この道筋から里道の小字辻経由小字東高屋に出て、1等道路に抜けて福島村に行くというイメージになる。
 辻之内の西南隅に於いて此道に支し、辻、高屋前を経て1等道路に達す。長8町35間、幅1間。
 此道とある前に記されるのが、今まで確認してきた里道である。
 東北本線の開通に伴う改変に都市化が加わり、現況では、こちらの里道は確認できない。更には、東北本線の東側は、昭和23年に吉井田から分村し、福島市に合併される。それに伴って、小字東高屋の東側の小字高屋前は消える。
 現況の位置的には、街道の向こうに第一中学校がみえる付近だろうか。このあたりから江戸街道につながる道筋だったのかな。

 なお、「方木田物語」では、淵上稲荷(ふじうえいなり)大明神には、己巳(きし)待碑について以下のように紹介されるが、こちらは見落とした。
 己巳(きし)待碑
 明和元年(1764)の建碑で、丸味のある川石の碑で、昔は村の若者たちの力自慢で担ぎあげて遊んだといわれている。

by shingen1948 | 2013-12-26 06:40 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)