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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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西在への道筋~里道④~方木田附近散歩⑪

 昨日、本方木田集落とのかかわりで「本方木田古墳」を整理したところだが、先の「本方木田古墳」整理は、2009年7月。
 http://kazenoshin.exblog.jp/8609636/
 昨日の整理で、地元での呼称「オンジャ古墳」を推測できないとしたが、ひっよとすると「温石(おんじゃく)古墳」かなとも勝手に思うところもある。
 先に、大玉村の温石古墳を訪ねて、「温石古墳を訪ねる」として整理したことがある。
 http://kazenoshin.exblog.jp/6648788/
 その温石(おんじゃく)にかかわっては、「杉田薬師」の案内板にあった「昔、温石を掘り出しよく売り出された」という解説からの類推を「もう一つの奥の細道」26~黒塚⑥~省略された風景」の中で整理している。
 http://kazenoshin.exblog.jp/11771771/
 ここでいう「温石」は、昔石を温めて真綿や布などでくるんで懐中に入れ、胸や腹などの暖を取るために用いた道具だ。大玉村の「温石(おんじゃく)古墳」もこのこととかかわるのかなともみたが、本方木田古墳もまたしかりと思うのは飛躍しすぎかな。この古墳に凹みがあるという情報もあったなと我田引水気味。
a0087378_10524613.jpg
 「吉井田ふるさと再発見マップ」にプロットされる「聖塚」は、なかなか見つからなかった。ようやく見つけたが、その言伝えを記すものは「方木田物語」の以下の言伝え紹介ぐらいかな。
 聖塚(ひじりつか)
 高らん場(古墳)の西、300m位のところ、辻の内の境で、畑の片隅、本方木田47番地に聖塚と称される一坪ぐらいの笹と雑木に覆われた塚らしきものがあった。昔は上人塚、法人塚等と呼称されていたらしい。祟り(たたり)のある塚であると言い伝えられていた。近頃、バイパス線の開通に伴い急に開発され近代商社の並ぶ地帯と変わった。塚の所有者が、近頃この塚に五輪の塔を建て、被葬者を供養した。聖塚は五輪塔と共に残った。
 この被葬者は、平安初期遣唐使と共に唐に入り帰国後奈良にいたが、のち陸奥の地に出向き行方不明になった聖で、ここまで来て野垂れ死にしたのを村人が葬り墓をつくったという話がある。
 聖とは既成の教団から外れ離れて隠遁修行し、民衆教化に努めた僧をいう。
 (以下略)
 現況は、塚が消滅して五輪塔も撤去され、囲いの中にひっそりと石碑が建つのみ。
 近代化とのせめぎ合い中かな。
by shingen1948 | 2013-12-20 10:55 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)