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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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西在への道筋~方木田附近散歩⑤

 これが、新川沿いの人家脇を通る細い砂利道を下ると見える風景だ。a0087378_1834368.jpg 荒川の或いは古川の河床的な風景だが、畑地に見える付近がその一番底にあたる風景。
 その向こう側の縁を整備された水路が流れている。その奥に細道が見えるが、この辺りは、底よりはやや微高の地形だが、まだ河床的な風景の中だ。
 その畑地になっている河床の底の風景の手前から、アパートの敷地になるが、その縁の内側を細道が走る。
a0087378_1863640.jpg 「吉井田ふるさと再発見マップ」で「旧土湯街道」とする道筋をたどると、この辺りが曖昧になるのだが、確認を繰り返してみると、その右手のアパートの裏側を通る道筋が、その「旧土湯街道」とする道筋と近いことが分かる。
 こちらから眺めると、感覚的には奥に見える道筋につながるように思いがちなのだが、道筋を反対側から探ってみると、河床的な風景の底にあたる地形のこちら側の縁に沿った道筋になっていて、それが手前の右手のアパートの裏側辺りにつながっているのだ。

 この写真の駐車場から、白い車の前を通って生垣の手前の細道を通ると、そのアパートの出口につながる。「吉井田ふるさと再発見マップ」がいう「旧土湯街道」は、この道筋が近いように思う。
a0087378_1893460.jpg この道筋を進んでいくと、先の河床的地形の写真で奥に見えた河床的風景縁沿い水路に沿った道筋と交差する。
 この水路を意識しながら河床的風景縁沿いの道筋をたどって南下して散策すると、白家(バッケ)近くで、そのバッケ的な風景と河床的風景のかかわり、更には古川(現況は新川)とのつながりが見えやすい。この地形的な確認で、半沢氏の歴史地図の「古川旧河床」(大正11年信夫温泉不発) のメモとのかかわりの手掛かりが見える。ただ、信夫温泉不発の情報は、今のところ持ち合わせていない。

 更に、その風景と小字とのかかわりが気になってくる。
 北白家(バッケ)もバッケ的な風景なのだ。今まで北白家(バッケ)は、白家(バッケ)の北側の位置をあらわす小字だと思っていたのだが、こうして散策してみると、小字北白家(バッケ)は、小字白家(バッケ)の北側にある対岸の白家(バッケ)という地形という意味を含んでいるということになるように感じられる。
a0087378_18143611.jpg
 「旧土湯街道」とされるこの道筋が、この道筋と交差する辺りから上り坂になるのは当然で、ここから河岸段丘的な風景に入る。
by shingen1948 | 2013-12-04 18:16 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)