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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~第47話「残された時間(限りある命)」

 今話では、大学設立の明るい兆しがようやく見え始める頃が描かれる。この頃、親戚の御不幸が重なり、襄氏自信も身体が衰弱して行くようだ。
 年表を確認すると、ドラマでは蘇峰氏の協力で「同志社大学設立の旨意」が大評判となり、同志社大学設立の気運が高まるのだが、その徳富蘇峰氏が「国民之友」を創刊するのが、明治20年(1887)。この年にみねさんが永眠している。
 みねさんは、結婚2年後の明治16年(1883年)に長女悦子を産んでいるようだが、その4年後の明治20年(1887)に長男平馬を産んで、その産後の肥立ちが悪くて亡くなったのだとか。享年27歳。
 この年に、襄氏の父民治氏も亡くなっている。洗礼を受けて、襄氏が住んでいた京都に身を寄せたのが、明治10年(1877)。それから10年後の事。

 襄氏の魅力は、常に誠実に努力する姿であって、その成果は、効率という視点で見ればとても小さく、その小さな成果を地道に積み重ねていくということかな。
 先に整理した明治19年(1886)襄氏の2回目の会津訪問だが、この時に会津若松教会で最初の信徒14名に洗礼を授けたとされる。ドラマでは、八重さん中心に第42話「襄と行く会津」として描かれたが、この時にも襄氏は東北伝道を意識していて、これは、その成果の一つなのだろうと思う。
 これが、明治24年(1891)に東北へキリスト教を伝道する拠点となる会津若松教会が設立されるという成果に結びつくようだ。
 更に、この時に足を延ばした仙台市に明治19年(1886)に同志社の東北進出の拠点となる学校「宮城英学校」が開校する。これが「仙台東華学校」となって、その初代校長に襄氏が就任するようだ。ドラマでは、北海道で静養の時にユキさんとの出会いが描写されたが、それは、この開校に伴う業務遂行の後に、北海道に足を延ばして静養したという事情のようだ。

 表面には出ないが、ドラマに描かれた背景には、地道に伝道する姿勢があるようだ。
 ドラマでは、この第42話「襄と行く会津」に先駆けて、みねさん夫婦を誘うため新島襄氏の父祖の地である安中を訪れるように描かれる。この時、襄氏は中山道を徒歩で、八重は船に乗り横浜経由で安中に向かい、安中で合流して会津へ向かう。この時も、会津への出発前に、襄氏は安中で演説などをこなしているようだ。 襄氏にとっては、それ以前に、この地の造士館(安中小)・龍昌寺・便覧社・自宅等で、講演会を開いていて、その成果として、安中教会が設立されていたという状況下でもあるようなのだ。

 その地道な伝道活動が、常に成果と結びつくという事でもないようだ。
 第42話「襄と行く会津」では、会津に残った八重さんとみねさんが中心に描かれたが、この時、襄氏と伊勢時雄氏は、山形県へ向かっている。
 その8月21日に甘粕三郎氏の自宅を訪問する。明治19年(1886年)にも、甘粕三郎氏に合っているらしい。しかし、結果的にこの山形県訪問では成果として実りはなかったらしい。ただ、この時に八重さんの養女甘粕初子との出会いのきっかけにはなっているという別の成果はあるようだ。
 甘粕初子の母方の祖父は、会津藩士の手代木直右衛門氏とのこと。この方、あの戊申戦争時に秋月悌次郎氏とともに米沢藩を訪れ、会津藩の降伏の仲介を依頼した人物だ。

 ドラマの概要については、エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページから、第47話「限りある命」の粗筋をお借りする。
 ※エキサイト「大河ドラマ 八重の桜」のページでは第47話は「限りある命」として整理される。
 http://tv.excite.co.jp/detail/nhk_taiga52/nextsynopsis.html
 「限りある命」
 同志社の大学設立に奔走する襄(オダギリジョー)だが、心臓病を患い体調の思わしくない日が続いていた。八重(綾瀬はるか)は、資金集めのために動き回ろうとする襄を必死になって制止するが、襄は一向に聞き入れない。そしてついに、主治医が八重に襄の余命が長くないことを告げる。そんな中、徳富蘇峰(=猪一郎・中村蒼)の計らいで、同志社の募金広告が全国誌に掲載され寄進者が集まり出すと、襄は再び不調な体にむちを打って仕事に向かおうとする。そして、八重が心配する中、募金活動のため単身、東京へと向かうのだった。

by shingen1948 | 2013-11-30 06:42 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)