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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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西在への道筋~方木田附近散歩④

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 旧国道115号線(旧土湯街道)と明治27年の旧土湯道の交差点でもあり、そこから「会津街道の本道」とされる「山王道」と「在御道」へ向かう道筋との交差点でもあるその地点から、「吉井田ふるさと再発見マップ」に「旧土湯街道」と表記する道筋がある。
 これは、その道筋に入って、交差点を振り返ってみたところ。つながりを意識すれば、奥に見える電柱の右側が明治27年の旧土湯街道の道筋で、本道は右折していく。

 半沢氏の歴史地図では、こちらの道筋附近に「古川旧河床」(大正11年信夫温泉不発) とのメモがあるだけで、この道筋自体についてはふれていない。それでも気になるのは、30数年前に、ここから先の北白家附近に数年間、度々お邪魔する用事があったのだが、その頃に確かにこの「旧土湯街道」という言葉を聞いたことがあったのを思い出したこともある。

 この道筋が新川を越えて北白家附近にさしかかる辺りに、「水天宮」の石碑がある。以下は、「ぐるっと吉井田」では以下の解説。
 「水天宮」(方木田字北白家)a0087378_614282.jpg
 「水天」とはインド12天の水の神
 水中の亀に乗り右手に剣、左手に蓮華か竜索を持っています。荒川の氾濫に悩む住民が水難防止を祈願して建立しました。
 半沢氏の歴史地図に、この道筋附近に「古川旧河床」のメモと昭和41年(1966)年洪水を期につくられたという新川水門と新川の直ぐ脇の風景と馴染んでいる。
 その水天宮の脇には、昭和56年建立の竣工記念碑が建つ。こちらが新川及び新川水門とのかかわりなのだろうと想像する。先日、11月3日の方木田の祭り日にあわせて幟が立つのを見て思い出したのだが、この水天宮は、当時も今も、この附近の人々の心の拠り所になってその願いの象徴として生きている風景でもあるということ。a0087378_6263741.jpg
 この頃に聞いた「旧土湯街道」は、この新川沿いに下っていくということであったが、「吉井田ふるさと再発見マップ」の道筋の要所から何度かたどり直してみると、確かにこの道筋と重なる。ただ、この新川沿いに下る道筋は、人家脇を通る細い砂利道で、小心者にはここを通るのにちょっと勇気がいるな。
by shingen1948 | 2013-11-29 06:29 | Comments(0)