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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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西在への道筋~方木田附近散歩③

 安政5年8月吉日建立「右在御道」・「左山王道」の道標旧地をとりあえず「吉井田ふるさと再発見マップ」の「在御道」分岐点附近とみたが、道祖神からの距離から考えると、もうちょっと先の水路脇の三叉路を指しているのかもしれないとも思うところはある。
a0087378_1813741.jpg
 明治27年(1894)に鉄道敷設時に陸羽街道口を基点として整備された道筋というのが、いわゆる現国道115号線から見れば、旧国道115号線(旧土湯街道)である「南町・佐倉下線」の更に旧土湯線ということになるのだろうと思われる。
 その道筋から「会津街道の本道」とされる道筋と「在御道」に続くのはこの交差点を左折する道筋だ。この道筋は、現在の自分の感覚では大森街道の旧道という感覚だ。

 その道筋から入る道筋で、今までの見え方より少し見えてきたなと思うのが「在御道」だ。この道筋が見えてくると、方木田稲荷塚古墳はこの道筋沿いであることが分かる。
 にこの古墳を「方木田稲荷塚古墳」として整理した時点では、その位置を点としか認識していないことが分かる。
 http://kazenoshin.exblog.jp/8541913/
 そして、そこにたどり着くのに歩いた道筋が、郷野目や大平寺方面への道筋である「里道」であり、その「里道」と「在御道」が交わる附近も最近になって見えてきた風景だ。

 そちらの道筋も整理したいが、それよりも気になったのが旧国道115号線(旧土湯街道)の更に旧道の道筋とされる道筋がこの交差点の右手に続いていることだ。その道筋を「吉井田ふるさと再発見マップ」では「旧土湯街道」と表記する。
 若い頃、北白家附近に用事があって度々お邪魔していたのだが、その頃にその「旧土湯街道」という言葉を聞いていてよく分からなかった事を思い出しているという事情もある。
by shingen1948 | 2013-11-28 18:15 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)