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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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吉倉→八木田散歩⑩

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 これが、三山から西に延びる字界の道筋だと思われる。
 現況ではこの三山は、「字下鎌」でくくられているのだが、「ふくしまの小字」で確認すると、元々は、三山碑附近は「小字三山」であったらしいことが分かる。
 小字で風景をイメージすれば、その三山の西手が「小字東上台」とのことで、写真に写り込んでいるのは、その辺りまでの台地っぽい感じの風景かな。
 その台地っぽい小字を取り囲むように、湿地っぽい小字名がみえる。
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 三山から西に延びる字界の道筋からこの道筋につながってくるのだろうか。
 この辺りは字界線がカーブする付近で、道路につながる付近の仁井田側は「小字東上台」南側の「小字大堀端」だろうか。この北側、写真では奥手の民家西脇付近「小字泉田」がつながり、その北側の「小字芹川」に続いて、更にその北側に「小字芹端」につながる。
 ここからは「小字下鎌」の後ろ側になる低地になるが、東側に回り込んで「小字下芹田」、更にその東側の「小字大谷地」に続き、その南側が「小字沼田」。
 マホロンの検索で無調査の「下鎌遺跡」とされる遺跡のイメージは、名称的にみると、その台地の範囲を意識したのかなと勝手に思う。

 その下鎌地域の右手に西環状線が開通するのに伴って調査されるのが、平成元年~3年だが、その調査結果は平安期の「鎧塚遺跡」として表示される。
 その元々の「小字鎧塚」は、湿地帯風の小字の西手で字界線の道筋の直ぐ北側広がっている。現況では、付近の小字も取り込んで「字鎧塚」ということになっているらしい。
 「下鎌遺跡」のイメージで「ぐるっと吉井田」を眺めると、市道改良事業に伴って、平成12年にも下鎌地域の西側の道筋に沿っての調査が行われているようだ。これを「鎧塚遺跡」のイメージで眺めれば、その遺跡の東側の道筋ということになる。
 その「字鎧塚」付近では、平成14年にも字界線附近の道筋に沿って発掘調査がなされたらしい。そして、平成21年には、その北側の交差点付近の調査されたということのようだ。それ等の結果は、「下鎌遺跡」附近の調査結果と共に、「鎧塚遺跡」として表示されるようだ。
 なお、「吉井田ふるさと再発見マップ」で、「鎧塚遺跡」としてプロットされる交差点付近は、平成21年発掘調査地点のようだ。
by shingen1948 | 2013-11-12 11:31 | Comments(0)