人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

吉倉→八木田散歩②

 今までの八木田散歩は、「ふくしま道」にクロスする八木田神明神社の旗立て台が建っている道筋の西側を中心としていたようだ。この事に気づいたのは、「信達ニ郡村誌」の八木田村の里標の項の以下の表現だ。
「(八木田村の)元標を中部榎内東南隅に建つ」
 ここに「中部榎内」とある。この表現は、榎内地区が八木田村全体の中部の位置であることを示している。この地区を地図で確認すると、この道筋の東側にあって、そこが村の中部であるということらしい。
 その地区の北側に、「榎内稲荷社」がプロットされている。散歩では、そこを目標として「榎内」のイメージを広げる事にする。

 「ぐるっと吉井田」では、この神社を以下のように解説する。
 榎内稲荷社
a0087378_711174.jpg 榎内の氏神、建立は文久2年(1802)。境内には宮が2社あり、右側の宮に3体の神(稲荷大明神・熊野大権現・三寳大荒神(仏・法・僧と火の神・竃の神)が祀られています。左側の社は正雲神社(シロサマ・ハクサンジンジャ)で、建立時期や由来は不詳。
 境内には大黒天や水神、己待供養塔などの石塔があります。
 祭日は旧歴9月19日
 神社前の大きな銀杏の木を見上げていると、通りかかった人が声をかけてくださった。そこには、銀杏の実をつけていたのだが、最近、この樹木の手入れで、枝葉を大きく伐採したらしい。それで、たくさんの実がついていている事に気づかなかったらしいのだ。
 この大銀杏、これも「ぐるっと吉井田」によると、明神神社や善名院の大銀杏と共に、大正天皇の即位記念として植樹されたとのことらしい。
 通りがかりの方の話では、この神社は、この向かいの三軒で管理していて、祭りも取り仕切っているとのことだった。
 ※ 三寳荒神(さんぼうこうじん)=仏・法・僧の三宝を守護するという神。三面六臂(ろっぴ)で、怒りの形相を示す。不浄を忌み、火を好むというところから、近世以降、かまどの神として祭る。荒神。(大辞林より)
a0087378_7143368.jpg この榎内神社附近を見回せば、近隣の都市化の波と隔離した雰囲気がいい。マホロンの検索地図を確認すれば、この辺りは、「榎内遺跡」という平安時代の遺跡であることが表示される。
 また、あらためて半沢氏の「歴史地図」を眺めて見れば、榎内附近に(荒川の)河岸段丘の様相を観察する事ができるというメモがみえる。
 この付近都市化が進んで、意識して歩かないと地形的な特徴は見落としがち。実際に歩いてみると、この付近がその河岸段丘の突端の高まり附近。
 ここは主要な通りで囲まれているのだが、それでも懐かしい風景のまま残っているのがいい。
by shingen1948 | 2013-10-22 07:16 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)