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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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成田薬師堂~吉倉散歩~福島の建築42

 この「成田庵薬師堂」について、「福島市史」は、以下のように紹介する。
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 成田庵薬師堂は、初代の金子寄吉(周助)が、文政年中(1818~1829)に造建した堂で、唐破風付入母屋造の二間堂である。
 組物は2手先、2軒繁垂木、支輪をめぐらし、主屋屋根の下端が伸びて向拝となり、軒唐破風をつける。蛇腹を忠実につくり、龍彫の木鼻がある。
 初代の金子寄吉(周助)は、吉倉八幡社の案内板に「有名な宮大工金子周助氏(成川村出身)宮大工金子幸吉氏」とあるうちの「有名な宮大工金子周助氏(成川村出身)」の方で、諱(いみな)は、寄吉氏。宮大工金子幸吉氏は、2代目の宮大工金子周助氏で、出身は下野寺村とのことだ。
 なお、どうでもいい事だが、吉倉八幡社が宮大工金子周助氏の造作だとすれば、年代からみて2代目の宮大工金子幸吉氏だと思う。

 「続道端の文化財」では、成田庵薬師堂造営を文政6年(1823)造営だと紹介する。完成当時、訪れた村人は、あまりの素晴らしさにただ驚嘆するばかりだったという。

 なお、同書では、お堂正面鰐口の上、梁の部分に「かご彫り」といわれる精巧な彫刻が施されていることも紹介されるが、今回は、詳細まで観てきていない。周助氏は、この彫刻を手掛ける時には、家族も遠ざけ、一室に閉じこもり、完成したと伝えられているのだとか。
 次の機会には、その辺りまで確認したいな。
by shingen1948 | 2013-10-15 06:28 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)