人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

山王道(土湯道)と調地田の道標~吉倉散歩

 吉井田地区の散歩に関わる案内は、115号線バイパスを南端に紹介されることが多い。行政的に、そこが境界になっているせいだとは思う。
 しかし、他所者が吉倉を散策するには、そのバイパスと平行に走る一本南側の道筋も意識しないと、地域の感性に近づけない。地域の人々も、行政的な境界を意識しているはずだが、その先を知らないわけではない。その先も意識しながら、行政的な境界で切っているだけなのだ。
a0087378_6212370.jpg
 その吉倉の「ふくしま道」と分かれて、西に向かうその115号線の南側を走る道筋が、この地域の人々の中では、山王道として認識しているのではないかなと思う。
 その確認ができるのが、調地田の道標だ。
 道筋に向いているのは、南無阿弥陀仏の名号碑。この碑は三角柱で、その裏側に、右大もり、左つち湯が表示されている。

a0087378_624737.jpg 右大森は、現況では、舟地蔵(しばり地蔵)の脇を走る村道を右折して、大森の三叉路と結ばれるが、この道標ができた時代によっては、その先の西幹線道路を越えた庚申碑の道標まで進んで、右おおもり道に従う道筋でもあるような気がする。

a0087378_6224784.jpg この庚申碑の道標が案内するさんのう道と、調地田の道標が案内するつち湯道が同じ道筋で、その道筋が高速道路の入り口で、115号線バイパスと重なる。
 半沢氏の歴史地図メモに、成田村棟梁金子周助生家と墓が案内されるが、それらしき風景は目にするが、小心者なので、まだ確認はできていない。
 同メモによると、成田村棟梁金子周助氏は、御山羽黒権現を建てた棟梁として着目しているようで、他に、長泥観音、小針地蔵堂、あまさけ観音堂、下村奥玉明神社等も造営された方とのことだ。なお、近くの成田仲ノ内薬師堂も、この方の造営なのだとか。

 ※ 半沢氏の歴史地図に、以下のメモがあった。10/10付加する。
 調地田の道標
 阿弥陀
 右つち湯、左大もり、
 寛延3年(1750)9月、関宿領成田村の名主金子太左衛門他建立
 どうでもいいことだが、成田村棟梁が金子さんだったが、名主さんも金子さんのようだ。 
by shingen1948 | 2013-10-09 06:29 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)