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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「古三郎内供養塔(板碑)」

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 古三郎内供養塔(板碑) が、マホロンの検索で中世の遺跡とされる名倉板碑と同じものなのだろうと推測する。この板碑は、鎌倉中期から室町初期にかけて、父母の年忌供養、死後の極楽成仏を願い建立されたものといわれているらしい。a0087378_649558.jpg
 ただ読み取れるのは梵字一字。展示会では、図説市史解説「古三郎内供養塔(年不明)吉倉」に、「梵字1字 他は不明 胎蔵界大日如来(阿弥陀如来)」との解説があるとの事。
 その一字を「形から引く 梵字字典」のページで確認してみる。大日如来を示す梵字はいろいろあるようだが、この字は、その中の「胎蔵界の大日如来 火天 日天をはじめとして、すべての仏さまを表わし、オールマイティに使われます。」という「ア」の梵字ではないかなと思うがどうかな。
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 形から引く 梵字字典
 http://tobifudo.jp/bonjisho/line/index.html

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 気になるのは、マホロンの検索でこの名倉板碑の位置は、別の地点に示される。
 一本南側の字界道が「ふくしま道」に抜ける角に示されるのだ。ここから、移動されたものなのか、ミスなのかは分からない。
 なお、マホロンの検索では、この名倉板碑の位置の北西に、この古三郎内供養塔(板碑)が建つ位置も含めた広い範囲が、散布地「大森遺跡」の広がりだとする。そして、その位置を大森柳下とする。道標を確認した地図に加えて示するとこんな感じ。
 現況は「大森柳下」の住所は、成川台田の隣の地域で、現吾妻脳神経外科の周辺一角であるので、混乱するが、これが各新旧行政区の境界に当たるせいなのか、行政区の改変によるものなのか、遺跡の移動によるものなのか等々想像はするが、単なる散歩をする者の立場からは見えていない。
by shingen1948 | 2013-10-02 06:56 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)