地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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八重の桜番外編~山本覚馬・新島八重生誕の地を訪ねる

 今回、会津へ出かけて立ち寄ったことの整理を続ける。
 天文台跡を訪ねた後、山本覚馬・新島八重生誕の地を訪ねるが、これも家人の求めに応じた案内だ。
 山本覚馬・新島八重生誕の地に案内図が掲げられたので、それに今回の移動を整理しておく。
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 この地図の範囲では、割場と日新館の間の大町通りを南進して、左折して米代2丁目の通りに入る。目標となるのは若松商業高校。
 その通りを西進し、次の通りを右折して、桂林寺町通りに入り、日新館天文台跡を見学。
 そこから戻って右折して、米代2丁目の通りを西進すると、斜めに走る道筋に出会う。ここを左折して、次の交差点が、米代四の丁通り。
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 このクロスする地点が「山本覚馬・新島八重生誕地」だと思うのだ。そこに案内板も建っている。
 ところが、家人にいくら説明しても、納得してもらえない。それを聞いていたらしい観光客の方が、家人が納得しない理由を説明してくださった。
 「山本覚馬・新島八重生誕地」の石碑が建っているらしいのだ。その場所を観光客の方に案内していただいて、30m程東進する。家人が満足したところで、美幸食堂に向かい、昼食後、先に整理した花畑口を確かめたという経緯だ。

 「城下地図」と重ねると不釣り合いな斜めに走る道筋だが、融通寺口と南町口を進んだ道筋の湯川橋の中町附近とを最短距離で結ぶ道筋だ。
 この道筋が、結構自分の原風景とかかわりが深い。
 例えば、融通寺口の交差点は、下野街道も残っているので、結構複雑な交差点になっている。その附近に、城下の道筋とこの斜めの道筋とで三角形の地点ができるのだが、その地形を店名にした「三角屋」という食堂がある。ここは、「美幸食堂」よりも古い食堂で、思い出深い食堂でもある。この近くに芝居小屋があって、後に映画館になるところがあった。ここで芝居を見たり、映画を見たりするのが楽しみの一つだったのだが、その帰りには必ず立ち寄ったのがこの食堂だ。北会津に向かう道筋の百足屋魚屋、下野街道筋の床屋・金物屋・交番なども目に浮かぶなぁ。現況は知らない。

 その反対側の湯川橋付近にある保育園には、幼稚園前に通っていたし、高校時代の通学路の一部でもあった。毎日その道筋を通ったな。
 今回歩いた道筋の中では、曲がり角から少し行った所に木製お椀の製作所があった風景を思い出す。今もあったのかどうかは確認しなかった。
by shingen1948 | 2013-08-19 06:32 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)