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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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八重の桜番外編~花畑郭門口跡を訪ねる

 <花畑郭門口跡を訪ね、原風景の思い出と城下地図のイメージを重ねる>

 ラーメンは、一般的には大衆食だろうが、自分にとっては御馳走のイメージがある。
 例えば、食事時に来客があった時に、来客に振る舞うために注文し、自分はその御相伴にあずかって食べる御馳走という子供の頃の思い出。その思い出と重なるのが、南花畑の美由希食堂。
 だから、たまに会津に来ると、懐かしくなって立ち寄ることがあるのだ。ここのカツ餃子は、来客がお土産として持ってきてくださるったものという懐かしい思い出と重なる。それで、ちょっと多いのだが、ラーメンとこのカツ餃子の両方を注文してしまう。今回立ち寄ってみたら、そういう人のための配慮として、ベビーラーメンと一品料理をセットにできるという新メニュー。早速それにしたが、それでも多かったので、残りをパックに詰めて持ち帰った。

 花畑郭門口跡を確かめようと思ったのは、その美由希食堂を出てからだ。
 この食堂の西側の道筋が、花畑口郭門へ向かう道筋と重なることを思い出したのだ。そこを自分なりに観察して、家に戻って「会津若松<いま・むかし>城下地図」で確認したということ。
a0087378_5145959.jpg 水色の線で挟んだあたりがおおよそ堀跡のイメージ。緑の線で挟んだのが土塁跡のおおよそのイメージ。茶色で挟んだのが昔の道筋のおおよそのイメージ。
 こうして整理してみると、今は誰も振り返らない美由希食堂脇道が「花畑口通り」だったということ。
 その手前の斜めに走る道筋が、堀跡と重なるというのは、「会津若松<いま・むかし>城下地図」で初めて知った事だ。それで思い出したのが、この道筋の脇を流れる水路で親父と魚取りをした事だ。そして、この川筋が、途中から道をまたいで、北に方向を変え、そこから昔の第四中学校の校庭の脇に向かって流れていたことことも思いだしたのだが、今回、地図と重ねてみれば、これ堀跡の痕跡のせいらしい事。
 そして、今回整理していてもう一つ分かったことがある。それは、救世軍へ抜ける道筋の事。
 現在、堀跡の道筋は、この救世軍へ抜ける道筋とつながるのだが、実は、こちらの道筋は堀跡ではなく、昔の道筋の名残らしいという事。更に、この道筋は、救世軍の道を挟んだ向かいの昔は鈴常肉店の脇道が市営住宅の入り口だったのだが、この道筋も、その昔の道筋の名残りの続きだったらしい事。
 これも今回の整理で気付いた事だ。
by shingen1948 | 2013-08-12 05:23 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)