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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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大河ドラマ視聴「八重の桜」~ 第28話「自慢の娘」⑤

 殿様にお伺いを立てる前日の夜襲は、ドラマにも描かれた。
 「会津戊辰戦争」では、「夕方になり、今夜出撃と聞きましたので、わたしも出様と脇差にて、髪を切始めましたが、却々(なかなか)切れませんので、高木盛之輔の姉ときを(時尾)さんに切って貰ました。城中婦人の断髪はわたしが始でありました」とか。更に、「密と仕度をして大小を差し、ゲベール銃を携へ夜襲隊と共に正門から出ました」という。
 ドラマでは深追いしたように描かれるが、「会津戊辰戦争」は、もっと威勢がいい。
 門を出て、暗闇を進んで行くと、敵の姿がちらほら見えたので、ソレッとばかりに斬込みました。無論喊声(かんせい)を揚げずに勝手次第に斬込んだので、敵の周章(うろたえ)加減は話になりません。全然(まる)で子供の打撃に遇ふた蜂窩(はちのす)の如く、右往左往散乱し、中には刃向ふ者もあり、又同士討をして居る者もあったが、敵に増援隊が来ると、暫く静まり、猛烈に逆襲して来ました。然し勝手を知って居る城兵が各處に出没して縦横に斬って廻り、火など放ちました者ありて、(略)
 わたしも命中の程は判りませんが、余程狙撃をしました。此時の出撃人数や戦った時間などは一寸判りません。
 八重の北出丸の戦い参加も、この夜襲参加も、次の日に一人で夜襲に出ようとしたのも自主的な行動である。
 ドラマでは、「自慢の娘」として、象徴的に八重の活躍に焦点を当てるが、形こそ違え、籠城した婦女子にはこの主体的な戦闘意識があったはず。そうでなければ、体制が整う以前、籠城戦を想定しない城という状況下で、僅か200人の残った老兵と予備兵、そして、女子供だけで、1000人の敵から城を守り切れるはずがない。確かに城の堅牢さはあるだろうが、そこに主体的に守備しようとする婦女子の高い意識抜きには説明がつかないのだと思うのだ。

 この主体的に守備しようとする婦女子の高い意識が結集された事によって、籠城戦の悲惨さを極めた城内でも、秩序ある行動がとれたということのようだ。
 「会津戊辰戦史(山川健次郎)」の籠城戦Ⅲに、籠城戦を通した婦人らの活躍が表現される。
 兵糧作り(炊事)・救護・洗濯などの想定された活躍に加え、焼玉押さえや弾丸製造などの戦闘員としての活躍が具体的に列記される。更には、以下の丸山・山室談を挟んで紹介されるのは、深傷を負った我が子の介錯などの覚悟の程。
 城中飛弾猛烈なりしかば男子は徒に死するを欲せず。弾丸の落下する毎に之を避くるを常としたるが、婦人等は固より死を決して従容として弾丸を畏れず、毎に男子の弾丸を避くるを見て冷笑して曰く、○等は男子にして尚弾丸を畏るるかと。
 更に、ここでは江戸からの防火夫の活躍も同列で紹介される。

 城を守るのに、世襲で戦闘員としての地位を得ている者よりも、高い意識を持つ否戦闘員である婦人や町人の働きが勝っていたという価値観の変質を読み取るのは、勝手な深読みし過ぎかな。
by shingen1948 | 2013-07-24 09:39 | 大河「八重の桜」視聴記録 | Comments(0)